2020年03月31日

“自然派ワイン”の基礎知識【後編・2020年版】フランス自然派ワインの歴史と背景を知る

さて、皆様は自然派ワインにどのようなイメージをお持ちでしょうか。最近は飲みやすくて美味しいものが大半ですが、かつては欠陥ワインと言われ、半世紀前は「臭い・不味い・汚い」と揶揄されました。もちろんそれは、造り手が意図しているものではありません。

現在は醸造技術の進歩により、ハイレベルなワインになりましたが、ワインラバーの中には、過去のイメージや間違った認識により、未だに自然派ワインを受け付けない方が一定数おられます。それは非常に残念なことです。

自然派ワインの歴史的背景

ここからは自然派ワインのイメージは歴史的背景が半世紀かけて作り上げた、というお話をしましょう。

まず初めに、何故「一般のワイン」と「自然派ワイン」が混在するのでしょうか。古代から20世紀に入る前までは、全ての農業が自然なものでした。いつの時代から何がきっかけで分かれたのでしょうか。

下記の自然派ワインの歴史年表(仏バージョン)でご説明しますね。

フランス 自然派ワイン史 年表


●1960年以前
従来の農業 農薬や化学肥料の概念がない。
●1960年以降 近代の農業 除草剤が誕生。

背景:70年代の大量生産・消費社会に向けて、草引きの人件費を削減。通常、1~数ヶ月も時間を要する畑の整備が、除草剤を使用すると、僅か3日で済み、低コストで人件費を大幅に削減できる。農業の近代化が行なわれた。


●1970年代
 化学肥料が使われはじめる。

背景:除草剤の散布により、凝固した土壌で有機物が死滅し、土壌の蘇生が不可能になる。樹勢はあるけれど、ぶどうが育たない、熟さない事態が発生。完熟ぶどうを求めて化学肥料が使われる


●1980年代
 果実味あるスタンダードなスタイルのワインが誕生。

背景:未熟は化学肥料によって解決。地表に残留した肥料が土壌を異質なものへ。養分が地表で得られ、地中深くまで根を下す必要がなくなり、横に伸びた根は、アルコール度数と果実味はあるが、ミネラルが欠乏した平たいワインになった。ミネラル不足を解消するために、醸造家が力量を発揮。大量生産志向も後押しして、一定の濃さで果実味あるスタンダードなスタイルのワインが生まれた。


●1990年代
 バイオの時代を経て、昔のワインへの回帰が起こる。

背景:スタンダードワインの多様化で、人工酵母、亜硫酸が多用される。アルコール度数も人為的にコントロール。人工酵母のニュアンスが強いなどで、味わいに批判が集まったことや、化学肥料の否定、価格の理由から、1960年より以前の「祖父の時代のワインへ戻ろう」という動きが起こる。日常で楽しめる1リットルボトル仕様でリーズナブルな価格、軽くて飲み疲れしない、健やかなワインを目指す。
 
当時、人為的介入は哲学の定立上、悪しき行為とされており、栽培や醸造においては原理主義的なアプローチが根源で、ワインが美味しいか否かは問題ではなかった。そのため、1980年代後半~2000年まで、美味しいワインVS本物の(イズムやスタンスありきで、人為的介入をしないプロセスで造られた)ワインのせめぎ合いが続く。
 
汚染された土壌の改良、新天地を求める醸造家が後を絶たず。清潔なカーブ保持の失念、亜硫酸無添加、アンフォラの多用、醸しの最中の果房管理を怠るなど、今よりも醸造技術も低い上に、いい加減な造り方をしたため、失敗作が多く出来上がった。腐敗酵母によるブレット。硫黄化合物の発生により還元状態に傾き、下水溝、火薬、硫黄臭、豆香の強い刺激がワインに現れた。
 
ワインの世界では、失敗にも関わらず、当たり前のように流通させ、自然派イコール「臭い・不味い・汚い」の三拍子で認知され、今もなお当時のマイナスイメージが刻まれていたり、「変態ワイン」「臭くないと自然派じゃない」と思い込んでいる人もいる。


●2000年代
 栽培、醸造技術が飛躍的に進歩。自然派ワインの認知。

背景:自然派ワインは哲学、教育、文学の分野で広がりを見せ、徐々に認知された。ビオディナミ自体は1970年の哲学がなかった時代から、田舎の農家でされてきたもので、今世紀に入って定着した。


●2012年以降
 新参者が登場。

背景:これまでのカテゴリーに当てはまらない新しい造り手が出現。ロワール、アルザス、ジュラ北部などの僻地の造り手が、ラングドックをはじめとした南部へ移動。新天地での挑戦がスタート。

「自然派ワイン」の美味しさには理由がある

大量生産&大量消費に対処するため、60年代の除草剤の散布からはじまった死活畑の負のスパイラル。そこから発生する問題を解決するために、人類は色々な手を打ちました。その後のバイオの時代に反発して、原点回帰を起こします。

一部の人が抱えているマイナスイメージの由来、ワイン業界が歩んできた歴史的な背景をご覧頂きました。それは華やかなものでも、美しいものでもなく、時代の流れと醸造家の泥臭い物語りです。

現在、リスキーなワインは減りつつあり、原理主義は3代目に移行して、今やその継続もありません。世代を超えた造り手たちの、血のにじむ努力のおかげで、私たちは美味しいワインが頂けます。なんと幸せなことでしょう。それを忘れてはなりません。美味しい自然派ワインを楽しんで下さいね。

それでは皆様、ごきげんよう!

~更に詳しく知りたい方のために~
自然派ワインも一般的なワインも基本的な醸造は変わりありません。同じことをしていても方向性や認識が異なります。彼らは目指すスタイルや意図によって、抜きたいものと残したいものを選んだ結果、醸造作業の有無を決定しています。

■天然酵母を用いる
テロワール具現化のため。


■濾過・清澄しない
一般的には酵母のイースト香のニュアンスを残すため。自然派は天然酵母のアミノ酸や出汁の旨味を活かすために。濾過されない残存酵母は、糖さえあれば二酸化炭素を発生させワインを酸化から守ってくれる。


■亜硫酸が少量か無添加
亜硫酸の一般的な使用目的は酸化防止。自然派は微生物の殺菌。酸化防止作用は二酸化炭素で代替できる。


■マセラシオンカルボニック(MC)やセミマセラシオンカルボニック(セミMC)を好んで行う
果汁内ではなく果粒内で細胞内発酵を狙う。発酵のズレが生じると、グリセリンが多く、口当たりが滑らかな果実味のあるワインに仕上がる。複雑かつピュアで、長期熟成に必要なポテンシャルが備わったワインができる。


■全房発酵
果梗(茎)を除去せず、全房ごと発酵させるのは、細胞内発酵が起きるのでMCやセミMCと同様の理由。1950年代に除梗機が発明される前までは、除梗作業は全て手作業だったので、基本的に醸造は全房で行われていた。ニューワールドではタンニンや色素を補う骨格形成が目的。自然派は酸素の供給が目的。酵母は酸素と窒素があって活動する。天然酵母を働かせるには酸素が必要。

彼らは自然任せで何もしないのではなく、論理的に吟味した結果、やるかやらないかを決定しています。一般的なワインのプロセスとは、目的も意味合いも違うのが自然派ワインです。

>自然派ワインの種類と意味を知る!前編へ戻る

 


365wine 大野みさき

スロヴェニアワイン輸入元365wine㈱ 代表取締役。
元ANA国際線CAが、7年の在職中にワインに魅せられ渡仏。2014年に帰国し、ひと月でワイン輸入会社を設立。買付け、営業、展示会、ウェブショップ運営、倉庫作業をヒィヒィ言いながらも華麗にこなす。巷ではスロヴェニアワインの第一人者と囁かれている。まんざらでもない。ワイン講師、サクラアワードの審査員も喜んで引き受ける。毎日ワインを飲むのか尋ねられたら、「はい、365日ワインです♡」と返すよう心掛けている。

【ワインショップ】http://www.365wine.co.jp/
【instagram】https://www.instagram.com/365wine/

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