
2021年11月10日
ワインはただ美味しいだけではなく、長い歴史の中で実に多くの人の心を魅了し、様々なストーリーを紡いできました。そういうストーリーに触れると、より一層ワインへの興味が掻き立てられます。何気なく手にとったワインに実は壮大なストーリーが隠されているのではないか……ストーリーにはどこにでもあるワインを特別な1本に変えてしまう、強い力があります。
今回は数あるワインストーリーの中でも、数年前の実際の事件をテーマにした映画をご紹介します。タイトルは「すっぱいブドウ」(原題:「Sour Grapes」)。史上最大と言われる、ワインの偽造事件を取り扱った映画です。
この映画の何がすごいかというと、ドキュメンタリー仕立てで登場人物が全て実在する事件関係者だという点!すべてのシーンがとってもリアルで引き込まれます。
「すっぱいブドウ」 2016年/イギリス
目が眩むような高値で取り引きされる高級ワイン。それが偽物だったとしたら…。高級ワイン詐欺の実態と、何百万ドルもの大金を鮮やかに欺し取った手口に迫る。
Netflixで配信中
偽造の対象となったのはロマネ・コンティなど、投資対象としてオークションで高値で取引される超高級ワインたちです。
事件を引き起こしたのは、中国系インドネシア人のルディ・クルニアワン。2002年、彼は25歳の若さで、突如ロサンゼルスのワイン社交界に登場しました。ハリウッドの映画監督や大富豪といった華々しい人たちとの人脈を築いたルディは、満を辞してワインオークションに参入します。自身も高級ワインを競り落としながら、誰もが夢見る希少なワインを次々と出品。年間1万5,000本ものワインを売り捌き、莫大な富を築いたのだとか。
転機は2008年に訪れます。オークションカタログに掲載されたブルゴーニュの名門ワイナリー、ドメーヌ・ポンソのクロ・サン・ドニ(グランクリュの畑で造られたワイン)が偽造だと指摘されました。告発したのはなんと、件のワインを造っているポンソ本人!ドメーヌ・ポンソのクロ・サン・ドニは1982年から醸造開始となったにもかかわらず、カタログに掲載されていたのは45年〜71年のヴィンテージだったのです。存在するはずのないワインがオークションにかけられている……恐ろしいですね。
これがきっかけとなり、出品者であるルディが疑われます。しかしその後も捜査は難航。逮捕まで実に4年歳月がかかりました。ルディは2012年に逮捕され、2014年に懲役10年、罰金2,000万ドル、弁済金2,840万ドルの判決が下されました。トータル4,840万ドル……日本円で約51億円です。
現在も、ルディが手掛けた600億円相当の偽造ワインが世界中に散らばっており、見つかっていないと言われています。そんなこと言われたら高級ワインを飲むのが怖くなってしまいます。そうそう機会に恵まれることはないので、いらぬ心配ですけれど。
この実際の事件をドキュメンタリー形式で描いたのが、映画「すっぱいブドウ」です。私が考える映画の観どころは次の3つ。事件の内容を知っているかどうかにかかわらず楽しめる理由があるんです。
なんと犯人であるルディ本人の、逮捕前の談笑映像がふんだんに盛り込まれているのです。ドキュメンタリーここに極まれり。再現VTRでは出すことのできないリアリティを強烈に感じます。
なぜ過去の映像がこんなに残されているのだろうと疑問に思うほど。なんでもないワイン会の様子やオークション会場での談笑シーンなどがたくさん映し出されます。「通なワイン愛好家は映像で記録を残したがるもの」と聞いたことがありますが、撮影時はまさか映画に使われるなんて誰も思わなかったことでしょう。
逮捕のきっかけを作ったドメーヌ・ポンソ本人へのインタビューを筆頭に、被害者やFBI捜査官、弁護士、オークションハウスのなどの関係者へのインタビューが、どれも生々しくて引き込まれます。まさに人間ドラマ!偽造ワインを本物だと信じ込んで絶賛する被害者や、ルディを追い詰めることに快感を感じていそうな私立探偵、etc…それぞれの発言内容に注目です。
特に、捜査関係者やポンソがルディを追い詰めていく過程にはドキドキハラハラさせられます。テンポよく謎解きが進んでいく様子を観て、私はフジテレビ系ドラマ「古畑任三郎」シリーズを思い出しました。
オークションハウスの鑑定士が出品ワインの真偽を確かめる様子がたびたび登場します。ラベルの印刷状況や紙質、キャップシールの劣化状況やコルクの状態……様々な観点から調査する鑑定士たち。ルディの事件が発覚した後、富裕層のワインオークション離れが進んだことから、オークションハウス側の真偽鑑定がより一層強化されるようになったのだとか。画面から緊張感が伝わってくるようです。
“すっぱいブドウ”は元々、イソップ寓話のひとつです。1匹のキツネがブドウを見つけ、飛んだり跳ねたりして手に入れようと頑張ります。しかし努力は実らず「どうせすっぱいブドウだろ」と負け惜しみを言って去っていくというお話。
映画の中でタイトルの意味が明確に語られることはありません。すっぱいブドウが登場するわけでもない。タイトルに疑問に感じていたのですが、何回か観てようやくわかりました。答えを書くとネタバレになってしまうので控えますが、「誰にとってのすっぱいブドウか」を考えながら観るとより映画のメッセージが伝わってくるのではないかと思います。
なぜワインはこんなにも人の心を惹きつけ惑わしてしまうのでしょう。そんなことを考えさせられる映画でした。
ルディはワインの天才と言われています。テイスティングスキルとアッサンブラージュの技術がピカイチで、わずか数本のカリフォルニアワインをブレンドして高級ワインの味を再現していたのだとか。その能力を他のところで生かしていたらどうなっていたのか、考えずにはいられません。
高級ワインやオークションにかかわる機会はなかなかないかもしれませんが、ワインにまつわる興味深いストーリーの一つとして紹介させていただきました。秋の夜長にワイングラスをかたむけながら観賞してみてはいかがでしょうか。その際はぜひ、事件の鍵を握るブルゴーニュの赤ワインをご用意くださいね!
吉田すだち ワインを愛するイラストレーター
都内在住の、ワインを愛するイラストレーター。日本ソムリエ協会認定
ワインエキスパート。ワインが主役のイラストをSNSで発信中!趣味は都内の美味しいワイン&料理の探索(オススメワイン、レストラン情報募集中)。2匹の愛する猫たちに囲まれながら、猫アレルギーが発覚!?鼻づまりと格闘しつつ、美味しいワインに舌鼓を打つ毎日をおくっている。
【HP】https://yoshidasudachi.com/
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