2022年06月15日

中東のワイン銘醸地、レバノンの宝石のようなロゼワイン

中東ときくと、砂漠と石油をイメージする人が多いのではないでしょうか。白い民族衣装に身を包んだアラブの石油王、陽に照らされた砂地を歩くラクダ、生い茂るナツメヤシの日陰が涼しげなオアシス。行きすぎたステレオタイプはよくないですが、実際にアジアとヨーロッパの中間エリアには広大な砂漠と有名な油田があります。

しかし、中東諸国の中には砂漠のない国がひとつだけ存在します。トルコの南、シリアとイスラエルに囲まれた地中海に面する自然豊かな国、レバノンです。「レバノン」とはもともと「白」を表す言葉でした。国を南北に貫くレバノン山脈の白く輝く冠雪が国名の由来だといわれています。山脈に雪が降るということは、豊富な地下水に恵まれているということ。砂漠に覆われた中東にあってレバノンは唯一、灌漑をせずとも質の高い農産物を育むことができる国なのです。そして実は世界最古のワイン銘醸地のひとつでもあります。

今回はレバノンのワイン造りについて触れつつ、宝石のように光り輝く美しいロゼワインをご紹介します。これからの季節にピッタリな、おすすめの1本です。

フランスの影響を受けたレバノンのワイン造り

レバノンでワイン造りが始まったのは紀元前とされています。キリスト教の旧約聖書では「その名声はレバノンのぶどう酒のよう」(ホセア書14章)と書かれ、賞賛のシンボルとして扱われています。レバノンワインは昔から美酒として多くの人を魅了していたのです。土着品種も数多く栽培され、「オベイディ種」などは現代でもレバノン国民に親しまれています。

長い歴史の過程には、ワイン造りを中断せざるを得ない時期もありました。16世紀にみまわれた、オスマン帝国による支配です。オスマン帝国は有名なイスラム教国家。イスラム教では「酒は悪魔の業」とされ、飲むのも造るのも禁止されてしまいました。以下の地図で濃いグレーが全盛期のオスマン帝国勢力圏、赤く塗られているのがレバノンです。

オスマン帝国支配下において唯一、キリスト教の修道士たちが信仰目的でワインを醸造することは許可されていたようで、その頃に持ち込まれたカリニャン種やサンソー種などのブドウは、今でもレバノンを代表する品種として育まれています。

20世紀に入り第一次世界大戦が勃発すると、レバノンはフランスの統治領になりました。レバノンの首都ベイルートの、まるでヨーロッパのような美しい街並みは、現在でも「中東のパリ」と称されます。準公用語はフランス語。現代のレバノンはフランス統治時代に完成したといえるのです。ワイン造りも例外ではなく、その時代にカベルネ・ソーヴィニヨンやシラーといった、いわゆるヨーロッパの “王道品種” が持ち込まれ、フランスワインの影響を強く受けながら発展していきました。こうして、レバノンワインは再び息を吹き返したのです。

ブドウ栽培に適したテロワール

歴史的な生い立ちだけではなくそのテロワールも、しばしば “フランス的” と表現されます。一番の理由は土壌です。シャブリ生産地と同じ石灰質の土壌(約1億5千万年前のジュラ紀後期の土壌)や、シャンパーニュ地方と同じ石灰質の土壌(約1億4,500万年前から6,600万年前の白亜紀の土壌)でブドウ栽培が行われています。シャブリのミネラリーな飲みごたえや、シャンパーニュのキリッとした良質な酸味。レバノンワインにはそれらの面影を感じることができます。

主なワイン産地は高い山脈に囲まれたベカー高原。夏の間は雨が降らず非常に乾燥しており、ブドウの病害とは無縁です。その一方、雪解け水による地下水が豊富で、みずみずしい果実を育みます。昼夜の寒暖差が大きく、しっかりとした糖度とキリッとした酸の両方が保たれ、凝縮感のある良質なブドウが得られます。ワイン産地として理想的な環境なのです。

まるで宝石! 麗しのロゼワイン

恵まれた環境でありながら日本でレバノンワインを目にする機会は、そう多くありません。レバノンの国土は約10,450km²、岐阜県の面積と同じくらいの広さです。とても小さな国なのです。必然的にブドウ畑の面積も限られます。国際ぶどう・ぶどう酒機構(OIV)の発表によると、2019年時点でレバノンのワイン生産量は世界第51位(日本は25位)。生産量からみても、あまり流通しないレアワインです。

なかなかお目にかかれないレバノンワインの中で、とても魅力的でチャーミングな1本をご紹介します。

ヌール・エル・アイン 2020(クロ・サン・トマ社)

キンと冷やして飲むのにぴったりなレバノンのロゼワインです。写真ではオレンジワインのように見えますが(実際に見てもややアンバー寄りですが)、ロゼワインです。

インポーターの説明によると、「ヌール・エル・アイン」という名前は「​​世界最大のピンクダイヤモンドの名前」からとって付けられたのだとか。ただ、実際には「世界最大のピンクダイヤモンド」の名前は「ダリャ・イ・ヌール」というらしく、世界で二番目に大きいピンクダイヤモンドが「ヌール・エル・アイン」のようです。もともと一つの巨大な宝石が二分割されて「ダリャ・イ・ヌール」と「ヌール・エル・アイン」が生まれたそうなので、元は同じと考えれば “世界最大” といってもまあいいのかな……どうなのでしょう。

細かいことは気にせず、まずはボトル底の窪み部分のデザインにご注目。

わかりますか? ダイヤモンドカットになっているんです! はあ、美しい。ラベルでも「THE DIAMOND」と主張していますね。一番か二番かなんてこの際どうでもいいのです。今まで目にしたボトルデザインの中でも、群を抜いて華やか。来る日本の暑い夏に、目にも涼やかな「ヌール・エル・アイン」はなんともピッタリなチョイスではないでしょうか。

口に含むと、レバノンワインの歴史の凝縮ともいえる複雑な味わいを堪能できます。オスマン帝国支配の時代にキリスト教修道士たちが持ち込んだ品種「カリニャン種」を主体に、レバノンの伝統的な土着品種「オベイディ種」と、フランス統治下で普及した「シラー種」をブレンド。酸味とフルーティな果実味、ミネラリーな飲み口、そして後味にほんのりクリーミーな風味。確かにフランスワインに似ているけれど、なんとなくエスニックな雰囲気も漂い、レバノンのオリジナルなテイストを味わうことができます。

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おすすめマリアージュ

「ヌール・エル・アイン」の味わいの方向性はざっくりいうと二つ。「スパイシーな酸味」と「クリーミーな後味」です。

スパイシーな酸味」を生かしてマリアージュを楽しむなら「バッファロー・チキンウィング」がおすすめ! 鶏の手羽を素揚げにし、酸味と辛味が共演するホットソースをまぶしたアメリカ料理です。カリニャン種由来のスパイシーな風味とキリッとした酸味がバッファロー・チキンウィングのソースと非常によくあいます。色々なレシピがありますが「ヌール・エル・アイン」に合わせるなら、ソースにタバスコを使って酸味を生かしたものが良いでしょう。

クリーミーな後味」を重視するなら「チーズリゾット」がおすすめ! 騙されたと思って試してみてください。チーズリゾットを合わせた時に鼻から抜けるワインの香りが驚くほどクリーミーで、感動すること間違いなしです。どことなくシャンパーニュのニュアンスに通じるところがあるような気もします。これもまた、白亜紀の土壌がなせるわざなのでしょうか。地球の神秘を感じますね。

夏の夜、キンキンに冷やしてカジュアルに楽しみたいなら、「バーベキューソース味のポテトチップス」もおすすめ! ダイヤモンドを全面に打ち出した高級感のあるワインでありながら、ビールのようにラフに楽しむこともできるんです。個人的にはプリングルズのチーズバーガー味との組み合わせを全力で推したい。本当に、ベストマッチです。

色々な楽しみ方ができる珠玉のレバノンワイン、この夏の1本にいかがでしょうか。


吉田すだち ワインを愛するイラストレーター

都内在住の、ワインを愛するイラストレーター。日本ソムリエ協会認定 ワインエキスパート。ワインが主役のイラストをSNSで発信中!趣味は都内の美味しいワイン&料理の探索(オススメワイン、レストラン情報募集中)。2匹の愛する猫たちに囲まれながら、猫アレルギーが発覚!?鼻づまりと格闘しつつ、美味しいワインに舌鼓を打つ毎日をおくっている。
【HP】https://yoshidasudachi.com/
【instagram】https://www.instagram.com/yoshidasudachi

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