
2021年02月23日
ワインを買うとき何を気にしますか? 赤か白かはもちろん、生産国(地域)、生産年、ブドウ品種、醸造方法、etc…。選択基準はいろいろあります。そんな中、意外と蔑ろにできないのは「ラベルデザイン」です。ラベルから読み取れるのは、ワインのプロフィールや味わいに関する情報だけではありません。多くの場合、そこには造り手の想いや個性、そしてワインにまつわる “ストーリー” が描かれているのです。
特に私は “物語” を感じるラベルデザインが好きです。イラストをはじめとするグラフィカルな表現によって、ラベルの外に広がる世界を感じさせてくれるデザインが……。そんなワインに出会ったら、ぴったり合うおつまみとぴったり合う “物語” (つまり本)を用意して、ワインと食と “物語” の美味しい三角関係を楽しみます。ワイン単体で飲むよりも食とペアリングさせた方が美味しさの深みが増すように、そこに “物語” をプラスするとさらに奥行きが広がるように感じるのです。
今回は、 “物語” とペアリングさせたくなる素敵なラベルデザインのワインを2本ご紹介します。また、「合わせるならこの “物語”」という作品もピックアップ。夏休みのお供にいかがでしょうか。
1本目はイタリア、ピエモンテの赤ワインです。北イタリアで盛んに栽培されているブドウ、バルベーラ種を100%使って造られています。
《ワインの味わい》
ベリー系の果実の香りと枯葉のようなしっとりした香りが共存する、凝縮感のあるフルボディの赤ワインです。フレッシュな酸味とほんのり感じる甘味が芳醇なトマトソースを連想させます。紅茶のような香りもあり、複雑で飲みごたえのあるタイプです。
さて、ここでラベルにご注目。なんと文学的なデザインなのでしょう。男性と女性のカップルが手を繋ぎ、ラベルを横切って外に広がる世界へと歩いていく様子が描かれています。暖かいピンク色の背景と手前に咲く可愛らしい赤い花が、彼らの親密さや明るい未来の予感を表しているようです。このラベルデザインに合わせて楽しみたい “物語” は……。
「鼠三部作」と呼ばれる村上春樹さんの作品群の三作目の長編小説です。舞台は1978年。30歳になった主人公の僕は、ある女の子と出会います。そしてある出来事をきっかけに、その女の子と一緒に星形の斑紋のある羊を探す旅に出ます。「鼠三部作」は主人公の僕と「鼠」と呼ばれる友人との関係性を軸にしているのですが、『羊をめぐる冒険』では鼠は直接的には登場しません。なぜ鼠は姿を見せないのか。なぜ星形の斑紋のある羊を探さなければならないのか。旅をともにする女の子はいったいどうなってしまうのか。数々の疑問を投げかけながら物語が展開していきます。
ラベルデザインを一目見た瞬間、頭の中にパッと『羊をめぐる冒険』が思い浮かびました。そこには僕と女の子の奇妙な旅路の一場面が切り取られて描かれているように感じたのです。どことなく、本の装丁に使われている佐々木マキさんのイラストとテイストが似ているせいかもしれません。少し古めの日本の小説とイタリアワインのラベルデザインがリンクするなんて、面白いですよね。物語を読みながらワインを味わえば、きっと相乗効果で奥行きが増すはず。
アグリコラーエの味わいはトマトソースやスパイシーな風味によく合います。おすすめはチリビーンズ。
村上春樹さんの小説にはサンドウィッチやスパゲッティといったカジュアルな洋食がよく登場します。チリビーンズはサンドウィッチにもスパゲッティにも使える優秀な食材! お肉と合わせてミートソースにしたり、チーズと一緒にパンに挟んで食べたり……物語をイメージしながらアレンジして、ワインと本との三角関係を楽しみましょう。
2本目は南スペインの白ワインです。スペインの酒精強化ワイン「シェリー酒」に使われることで有名なブドウ、パロミノ種100%で造られています。
《ワインの味わい》
黄金色に輝く液面からはレモンのようなシトラス系の香りがふわ〜っと漂ってきます。酸味が豊かでとってもフレッシュ。一方で、ナッツのような香ばしい風味もしっかり主張。さすがパロミノ種100%のワイン、シェリー酒を思わせる特徴的な味わいは健在です。
それではラベルにご注目。陽気な黄色いボーダーシャツを着た男性が、ワインをちゅーっと吸い込んで頬を赤らめている様子が描かれています。ハート型のワインの中には「amorro」の文字。実はこのアモロ・ブランコには対になる赤ワイン「アモロ・ティント」があり、そちらには同じ構図で女性が描かれているのです。白と赤、二つで一つのカップルワイン……というわけですね。このラベルデザインに合わせて楽しみたい “物語” は……。
京都を舞台に物語を紡いだら天下一品、個性的な語り口調がクセになる森見登美彦さんの大人気小説です。この物語には主人公が二人います。大学生の男性「先輩」とクラブの後輩である女性「黒髪の乙女」です。ストーリーはこの二人が交互に語ることで展開していきます。序章は酒豪である「黒髪の乙女」が「偽(にせ)電気ブラン」という幻のお酒を求めて京の町を練り歩くところから始まります。個性的なキャラクターたちとの出会いや、魅力的なお酒たちとの出会い。楽しむ彼女と酒にのまれてヘベレケな彼。実に愉快でファンタジックな物語です。
男性と女性が交互に語る……という構成が、アモロ・ブランコとアモロ・ティントのペアに重なります。また、密かに女性に想いを寄せる男性の心情が、ハート型のワインと「amorro」の文字に現れているように感じます。『夜は短し歩けよ乙女』を読みながらアモロ・ブランコのラベルを眺めると、「この男性は「先輩」で、女性に合わせて少し無理をしながらワインを飲んでいるのかな、本人はそれほど強くないのに……」と妄想が膨らみ、なんだか愛着が湧いてくるのです。
京都を舞台にした物語とリンクして考えると、やっぱり和食に合わせなきゃ。アモロ・ブランコのシトラスな香りとナッツのような香ばしい風味に合う和食といえば……海苔巻き!
酢飯の酸味、海苔の風味、お醤油の香ばしさ、わさびのアクセント……全てがアモロ・ブランコの味わいによくマッチします。具はまぐろもいいし、たくあんも捨てがたい。フレッシュなワインとシンプルな海苔巻きを用意して、彼らの青春と先輩の恋の行方を見守りましょう。
今回ご紹介したワインのように、 ラベルの外に “物語” が広がるデザインのワインを見つけたら、ぜひそれに合う本を1冊手にとって一緒に楽しんでみてください。ワインの味わいも本の印象も少し深まって感じられて、楽しいですよ。
吉田すだち ワインを愛するイラストレーター
都内在住の、ワインを愛するイラストレーター。日本ソムリエ協会認定
ワインエキスパート。ワインが主役のイラストをSNSで発信中!趣味は都内の美味しいワイン&料理の探索(オススメワイン、レストラン情報募集中)。2匹の愛する猫たちに囲まれながら、猫アレルギーが発覚!?鼻づまりと格闘しつつ、美味しいワインに舌鼓を打つ毎日をおくっている。
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