2022年08月31日

ロックか戦略か!? カリフォルニアの “庶民派カルトワイン”

日本でも大人気のカジュアルなカリフォルニアワインといえば、「ブレッド&バター」シリーズです。シャルドネ種の白ワインとピノ・ノワール種の赤ワインがリリースされています。どちらも濃厚で樽の香りが上品に香る「これぞカリフォルニアワイン!」という味わい。彼らは10年ほど前から「アルコール・バイ・ヴォリューム」という名前の新進気鋭のワイナリーとして “新時代のカリフォルニアワインを生み出す” ことに心血を注いできました。「ブレッド&バター」はそのうちのひとつというわけです。

「ブレッド&バター」の他に彼らが造った有名な銘柄は、「エイリアス(ALIAS)」。今はそれぞれ別のワイナリーとして生産を続けているようですが、元々は同じポリシーのもとで生み出されたワインです。日本では5〜6年ほど前にグルメ雑誌で取り上げられ、飲食店のワインリストにも載りました。ご存知の方も多いのではないでしょうか。

庶民の「カルトワイン」、エイリアス

カリフォルニアの有名ワイナリーに勤める8人の醸造家が、「本当にいいワインを、リーズナブルな価格で消費者に届けたい」という想いを胸に結集し、副業として生み出したのが、この「エイリアス」というワインです。英語の「Alias」は「別名、仮名、偽名」といった意味を持つ単語。8人がそれぞれの素性や原料ブドウの出どころを明かさずに「アルコール・バイ・ヴォリューム」のもとで “偽名” を使って造ったワインだから、 “エイリアス” と名づけられたのですね。身バレすると本業に支障が出るため、徹底した秘密主義で造られたのだとか。

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彼らのもう一つの目標は、「次世代ワイン界のロックスター」になること。それまでの “おかしな慣習” に一石を投じ、カリフォルニアワイン界に新しい風を吹き込もうとしました。ここでいう “おかしな慣習” とは、いわゆる「カルトワイン」のことです。カリフォルニアでは1990年前後からカルトワインに注目が集まるようになり、一部の裕福なワイン愛好家が大金をはたいてこぞって買い求めました。「エイリアス」には、そうしたカルトワイン・ビジネスやそれに踊らされるワイン愛好家を暗に批判し、カルトワインに対するアンチテーゼを示すという意味もこめられているのだそうです。カルトワインの造り手自らが “偽名” を使って高品質のワインを低価格でリリースする……なんとも皮肉たっぷりな取り組みですよね。

その品質の高さと誕生の経緯から「エイリアス」は「庶民のカルトワイン」と称されます。いい得て妙だと思う一方、なんだかもやっとした気持ちが頭をもたげはしないでしょうか。カルトワインを批判する目的で造られたワインのPRに「カルトワイン」という文句が使われていることに、矛盾を感じてしまいます。

そもそもカルトワインとは?

カリフォルニアはカルトワイン誕生の地といわれます。「カルトワイン」という言葉が生まれた場所であると同時に、カルトワインが世界で最も熱狂的にもてはやされた(もてはやされている)場所だからです。カルトワインの定義は曖昧ですが、一般的には「生産本数が極端に少なく、かつ購買ルートが限られるため入手困難なレアワイン」を指すケースが多いようです。それだけだと多くのワイン愛好家を惹きつけるのは難しそうですが、ここにロバート・パーカーなどの有名な評論家の評価が乗っかることで一気にムーブメントが巻き起こります。大前提としてハイ・クオリティなワインであるものの、複数のマーケティング要素が絡み合ってカルトワインを形作っているわけです。

アメリカでカルトワイン・ブームに火がついたきっかけは、1976年の事件「パリスの審判」だといわれています。フランスワインこそがワイン界の頂点に君臨するといわれていた時代に、著名人が参加したブラインド・テイスティングでアメリカワインがフランスワインに圧勝してしまったのです(事件の詳細はこちらの記事を参照)。アメリカワインの質の高さが世界に認められた瞬間であると同時に、カルトワインの種がまかれた瞬間でもあります。一部のワインに人気が集中して入手困難になり、ブランド化が進んでいったのです。

こうした動きは負の側面も生み出します。熱狂的なファンを獲得したワインの値段はどんどんあがり、「特別な人しか手にできないワイン」として経済格差の象徴となりました。裕福な資産家がワイン自体の魅力ではなくワインの投資対象としての魅力を重視するようになり、ワイン・オークションが空前の盛り上がりをみせました。この流れは後に、歴史に残る「偽造ワイン事件」へと発展してしまいます(詳細はこちらの記事を参照)。純粋にワインを楽しむ雰囲気が損なわれ、なんとも滑稽でギスギスした状況へと導かれてしまったのです。

果たしてロックか戦略か!?

そうした状況に「No!」をつきつける目的を背負って生み出されたのがワイン「エイリアス」です。カルトワインの造り手である有名ワイナリーの名を冠することなく、品質で勝負にでた彼ら。その信念には共感します。さまざまな理由で価格が上がることは仕方ないものの、カルトワインの投機的な値動きには少し不信感を感じずにはいられません。自分とは関係のない世界のワイン……と、諦めざるを得ないのが寂しいというのが本音ですけれど。

エイリアス自身が濃いマーケティング色を帯びてしまっている状況に対して、モヤっと感を感じる方も多いのではないでしょうか。カルトワインへのアンチテーゼを示すために「カルトワイン」という言葉をPRに使うのはなんともしたたか。これは既存の価値観へのアンチテーゼか、はたまた商才あふれる仕掛け人による戦略か、実際はどうなのでしょう。

味わってこそのワイン

ワインにまつわる情報やストーリーは大切です。そういった要素も味わいに少なからず影響すると、私は思います。しかし、最も重要なのは自分の五感で感じる感覚です。PR文句や他の人の評価はワインを選ぶシーンでは役立つけれど、最終的に「おいしい」や「好き」を決めるのは自分の感覚であるべきです。

マーケティング的な側面でいろいろ論じたエイリアスですが、味わいを純粋に評価するならば……とてもおいしいカリピノです……!

冷蔵庫から出して少しおちつけてからグラスに注いでみてください。ラズベリーのようなイチゴのような、ふくよかな果実の香りが立ち上ります。温度が上がってきたタイミングで少しグラスを揺すってあげると、ワインが酸素と触れ合って奥から樽熟成の香りが立ち上ってきます。バニラのようなチョコレートのような……。口に含むと酸味や渋み、アルコールの存在感が広がって、しっかりとしたボディを感じさせます。鼻にぬける香りにはオーク樽由来の甘い香りがまじり、「これぞカリフォルニアのピノ・ノワール」です。合わせるならしっかり目に火を入れた牛肉のステーキがおすすめ! オーク樽の香りが奥の方に上品に仕込まれており、赤身肉との相性がばっちりです。

余談ですが、「ロック」ってなんでしょう? エイリアスの造り手が目指しているのは「次世代ワイン界のロックスター」。「ロック」とは、どういう状態なのでしょう。

英語の「Rock」には「ゆり動かす、ゆする」という意味があります。「既存の価値観をゆすって問題提起をする」のが、 “ロックスター” なのでしょうか。はたまた純粋に「おいしいワインで人々の心をゆり動かす」ということなのでしょうか。「うまいマーケティング戦略でワインビジネスのヒエラルキー構造を揺さぶる」なんて可能性もあるのかも……? 考えてみるとさまざまな捉え方ができて、面白いですね。


吉田すだち ワインを愛するイラストレーター

都内在住の、ワインを愛するイラストレーター。日本ソムリエ協会認定 ワインエキスパート。ワインが主役のイラストをSNSで発信中!趣味は都内の美味しいワイン&料理の探索(オススメワイン、レストラン情報募集中)。2匹の愛する猫たちに囲まれながら、猫アレルギーが発覚!?鼻づまりと格闘しつつ、美味しいワインに舌鼓を打つ毎日をおくっている。
【HP】https://yoshidasudachi.com/
【instagram】https://www.instagram.com/yoshidasudachi

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