
2021年02月23日
最近すっかりナチュラルワイン(自然派ワイン)を手にする機会が増えました。流行っていますから、置いているショップもだいぶ増えましたしね。でもそれだけじゃなく、意識的にナチュラルワインを選んでいたりもします。有機栽培で環境に配慮している点、酸化防止剤などの添加物をできるだけ加えずにつくられていて体に優しい点……さまざまな魅力がありますが、個人的にもっとも注目しているのは「その土地の味を存分に楽しめる点」です。土着品種を使ったり天然酵母を使ったりすることで、土地の魅力をそのままボトル詰めすることにつながるからです。土地の味を飲む魅力にすっかり魅了された私は、導かれるようにナチュラルワインの棚にすい寄せられてしまいます。
だけど、土地の味を楽しめるのはナチュラルワインに限った話ではありません。キーワードは「土着品種」。コラム「自然派ワインにみるワイン消費の最新トレンドとギリシャの「土着品種」」でも書いたとおり、ワインの個性を楽しむなら「土着品種」こそが主役だと私は考えています。ナチュラルワインでなくても土着品種のワインを選んで味わうことで、現地に行かずに土地の味を楽しめるという贅沢を堪能できるってわけです。素敵でしょう?
というわけで今回の主役は、日本の土着品種「山葡萄」です。今では先人たちのたゆまぬ努力のおかげで質の高い日本ワインが数多く生産されていますが、長らく「ワイン造りに適さない土地」といわれてきました。外国から輸入したブドウ果汁を日本国内で加工することはあっても、国産ブドウでワインを造るのは難しい……とされていました。でも実は日本にも昔から「山葡萄」という魅力的なブドウがあったのです。
山葡萄は古くから日本の野山に自生している、日本古来の品種といわれています。粒は小ぶりで、果皮はとても濃い赤紫色。うっかり服についたらなかなか落とせなさそうな濃い色合いです。アントシアニンやポリフェノールなどの栄養価も高く、昔はしぼり汁が薬がわりに飲まれていたのだとか。実際は酸味が非常に強く、そのまま食べるにはあまり適しません。そのためジャムやジュースに加工されることが多いようです。
日本には大きくわけて、2種類の山葡萄があります。「ヴィティス・コワニティ」と「ヴィティス・アムレンシス」です。
【ヴィティス・コワニティ】
本州全域で広く生育している品種です。その昔、フランスから来日したマダム・コワニティがそこらじゅうに生えている山葡萄に強い興味をもち、自国に持ち帰って新しいワインを造ろうと試みました。ところがその山葡萄はフランスの土壌や気候になじまず大失敗……。泣く泣くあきらめたのだそうです。そのブドウはマダムの労をねぎらって「ヴィティス・コワニティ」と名付けられました。ヴィティス・コワニティは雨の多い本州の気候にベストマッチする品種なので、西洋のからっと乾いた気候は居心地が悪かったようです。
【ヴィティス・アムレンシス】
もともと、ロシアと中国の国境であるアムール川沿いに自生する山葡萄です。お土地柄寒さにめっぽう強いのが大きな特徴です。そうなると日本でヴィティス・アムレンシスを見ることができるのは……そう、北海道です。山葡萄によるワイン造りの第一人者、澤登晴雄氏が中心となり、北海道池田町周辺に自生していたヴィティス・アムレンシスによる山葡萄ワインが誕生したといわれています。現在の「十勝ワイン」などは、その系譜をつぐワインです。
山葡萄のワインといわれると何となく正統派ワインからは遠い印象を抱く人もいるかもしれません。もともとワインのイメージが弱かった日本の土着品種なので色眼鏡で見られがちだし、マダム・コワニティの失敗などもあり世界的に「美味しいワインはヴィティス・ヴィ二フェラ(西洋で主流のワイン用ブドウ)からしか造れない」と思われている節があります。
でも実際は「これはこれでちゃんと美味しい」んですよね。シャープな酸味にしっかりめのタンニン、濃く野生みを感じさせる味わいながらどこか上品な雰囲気が漂う山葡萄のワインは、ジビエなどのお肉料理にぴったりです。これぞ、日本の野山の味!
澤登氏らの功績により山葡萄による美味しいワインが誕生したわけですが、実は2000年代初頭、北海道に自生する山葡萄は枯渇の危機に瀕していました。ヴィティス・アムレンシスは特に人工栽培が困難で、収穫のスピードが野生の生育スピードを上回るとみるみる減少してしまうのです。そのため2002年以降、野生のヴィティス・アムレンシスを使ったワインは製造中止となっています。野生動物の貴重な食料でもある山葡萄。われわれとしては残念ですが、自然との共生が未来の美味しいワインにつながると思って、あきらめざるをえません。
でも、悲観的になってはいけません。研究者や農家、醸造家たちは知恵をふりしぼって代替案を用意してくれています。活路は交配品種に見出されました。山葡萄を別の品種とかけあわせることで、「綺麗な酸味」や「寒さに強い」という特徴を残しながら人工栽培可能な品種が生み出されたのです。
現在交配品種としてメジャーなのは、十勝ワイン(池田町ブドウ・ブドウ酒研究所)が開発した「清舞」や「山幸」と、ふらのワイン(富良野市ぶどう果樹研究所)が開発した「ふらの2号」でしょうか。いずれも病害に強いセイベル種とヴィティス・アムレンシスを掛け合わせて生まれた品種です(「清舞」や「山幸」にはセイベル種の突然変異種「清見」が使われました)。それぞれ味わいは少しずつ異なり素敵な個性を持つ品種ですが、山葡萄由来の酸味や力強さを味わうなら「山幸」や「ふらの2号」がおすすめです。
今回は交配品種のうち「ふらの2号」を使ったワインをご紹介します。その名も……
晩酌する二頭のヒグマがあしらわれたラベルがなんともキュートな赤ワイン! ふらの2号とツバイゲルトレーベ(オーストリア原産の赤ワイン用ブドウ品種)をブレンドして造られています。見るからに濃厚そうな色合いにも、シャープな酸味と深いコクを蓄えた味わいにも、まさしく山葡萄の “血” を感じます。控えめなフレンチオークの香りも手伝って、北海道の雄大な山と静かな山小屋を想像するのは私だけではないはず。
上で書いたようにジビエとの相性もばっちりですが、家で気軽に飲むなら焼き鳥に合わせるのはいかがでしょう。醤油の風味と焦げたネギが香ばしい、ねぎまのタレが特におすすめ! 食欲の秋にしっぽり、北海道の土地の味をお召し上がりください。
ちなみに……一般的にヒグマは12月から3月にかけて冬眠するといわれます。そのため、10月から11月には冬眠に備え、食べ物をたくさん食べるそうです。特にお腹の中に赤ちゃんがいるメスのヒグマは冬眠中に出産し、暖かくなるまでは穴の中でおっぱいだけで子グマを育てるため、冬眠前の食欲はそれはもう盛大なのだとか。「食欲の秋」はそんなヒグマのためにある言葉なのかもしれませんね。実際に、冬眠前には木に登って山葡萄の実を食べることもあるみたいです。
そんな様子を想像しながら「羆の晩酌」を飲んでみてください。
吉田すだち ワインを愛するイラストレーター
都内在住の、ワインを愛するイラストレーター。日本ソムリエ協会認定
ワインエキスパート。ワインが主役のイラストをSNSで発信中!趣味は都内の美味しいワイン&料理の探索(オススメワイン、レストラン情報募集中)。2匹の愛する猫たちに囲まれながら、猫アレルギーが発覚!?鼻づまりと格闘しつつ、美味しいワインに舌鼓を打つ毎日をおくっている。
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