
2021年11月10日
今日はワイン造りの重要な要素、「木樽」のお話です。
以前、ワイン史に残る大事件「パリスの審判」を扱った映画についてコラムを書きました。映画のタイトルは「ボトル・ドリーム〜カリフォルニアワインの奇跡〜」。カリフォルニア州ナパヴァレーのワイナリー、シャトー・モンテレーナを主役として、実話をベースにカリフォルニア・ワインのサクセス・ストーリーを描き出した作品です(詳しくはこちら)。
作中にこんな一幕があります。シャトー・モンテレーナの当主であるジムがワインの熟成庫で身に覚えのない大量の新しい木樽を発見。次の瞬間「なんてことをしてくれたんだ!」と、すごい剣幕で息子のボーに詰め寄ります。どうやらワイナリーの経営を憂いたボーが離婚した母親からの借金で新樽を購入し、ジムにプレゼントしようとしたようです。そんなボーの厚意をありがたがるどころか、家具に当たり散らしながら「こんな真似は二度とするな!」と怒鳴りつけるジム。怒りに肩をふるわせ「ワイナリーをつぶしたくないんだ」と吐き捨てます。
このシーン、「ジムはわだかまりのある元妻に借りを作るのがよっぽど嫌なんだな」と解釈できます。でもシャトー・モンテレーナのワインについて知れば知るほど、「元妻に借りを作りたくないというプライド」がジムの怒りの導火線に火をつけたわけではない、と思えてなりません。
シャトー・モンテレーナのワインはナパヴァレーの中でも新樽比率が低いことで有名です。つまりジムは、意図的に新しい木樽をあまり使わない方針でワイン造りを行っていたということ。それを踏まえて問題のシーンを観返すと、違った解釈にたどり着くのです。ジムの怒りはつまり「うちの醸造ポリシーを理解せずに無駄遣いしやがって!」という怒りだったのではないかと……。だとしたら「ワイナリーをつぶしたくないんだ」という一言にも納得感が生まれます。
木樽が新しいか古いか。それはワインメーカーにとって、たとえ親子関係がぎくしゃくしたとしてもこだわらなければならないほどの、重要な問題なのでしょうか。
木樽の使用年数によってどう違いが生まれるのか。それを紐解く前に、まずはワイン醸造に木樽を使うワケをおさらいしてみましょう。
今から約2,000年前、北ヨーロッパでビールの運搬に使われていた木樽が古代ローマに伝わり、その利便性からワイン造りに導入されたといわれています。「丈夫で軽い! 転がせば運搬しやすい! 積み上げれば省スペース! 最高じゃん!」というわけですね。その後長きにわたって使われ続けるうちに、「どうやら木樽で熟成したワインは一味違うぞ……?」とそのポテンシャルが見出され、ワインの味わいをよくする目的で使われるようになりました。
特にオーク材の木樽は微量の空気を通す性質があり、ワインを酸素に触れさせながら熟成することができます。そうすると主に二つ、 “いいこと” があります。
酸素があると、ワインの渋み成分「タンニン」が不純物と結合しやすくなります。不純物と結合して大きくなったタンニンは、澱となって沈殿します。これにより若いワインの強い渋みや苦味がやわらぎ、まろやかさが増すといわれます。
赤ワインの色素の正体は黒ブドウの果皮に含まれる「アントシアニン」。アントシアニンもまた、酸素を消費して他の物質と結合する性質があります。特にアントシアニンがタンニンと結合するとその含有量が増え、ワインの色合いを安定させる効果があるのだとか。不思議ですね。
これらに加え、木樽には「ワインに複雑な香り(樽香)をプラスする」という役割があります。木樽にもともと含まれるさまざまな香気成分がワインのアルコールによってとけだし、 “樽香” となってワインのアロマに複雑さをもたらすのです。樽香の付き具合は、消費者目線からもとても気になるところなので、フィーチャーされることが多いですよね。
ここまで書いてきた木樽の作用は、どのような樽を使っても多かれ少なかれみられるものです。では新樽と古樽の違いはどこに現れるのかというと、出来上がるワインの「まろやかさ」と「樽香の強さ」です。
新樽(使用年数が短い木樽)にはタンニンが豊富に含まれます。そう、タンニンはワインだけではなくて樽にも含まれているんです。先ほど酸素の作用によってまろやかさが増すと書きましたが、新樽の場合は樽自身のタンニンがワインに溶け出るため、比較的渋みが強く残ります。その代わり厚み(ボディ)が増すわけです。また、香気成分もふんだんに含まれており、ワインの中にさまざまな香りが溶け出します。特に特徴的なのはバニラの香り。使われるのがアメリカン・オークの樽ならば、ココナッツの香りが強くなるといわれます。
新樽のこうした作用は使えば使うほど弱まっていきます。だいたい4〜5回ほど使うと樽中のタンニンや香気成分がほぼなくなるのだとか。そうなると、その樽はもう古樽です。古樽を使うと樽香は控えめになり、酸素の作用による「まろやかさ」が増します。木樽内部のロースト具合にもよりますが、ブドウ由来の香りや発酵に伴う香りが温存され、フレッシュなワインにしあがります。
映画「ボトル・ドリーム」の中でシャトー・モンテレーナのジムが守ろうとしていたのは、フレッシュで上品な味わいです。それは、新樽・古樽の使用比率を変えると崩れてしまう、微妙なバランスの上に成り立っていました。だから彼は、よかれと思ってした息子の行いに対し、思わず激昂してしまったのだと思うのです。カリフォルニアワインの地位が低い時代にブラインドテイスティングでフランスワインを打ちまかした「パリスの審判」の背景には、ジムのつよ〜いこだわりとワイン愛があったのですね。
もうひとつ、木樽にまつわる気になるトピックがあります。「木樽熟成のワインは魚介類にあわない」という説は本当か否か、です。よく「白ワインは魚介類に合う」といいますよね。でも「木樽で熟成させたワインを合わせると魚介類の生臭さが際立ってしまう」とも言われます。では、木樽で熟成させた白ワインは魚介類に合うのでしょうか、合わないのでしょうか。
ワイン漫画『神の雫』に、フランスの有名な白ワイン「シャブリ」と生牡蠣をペアリングする話があります。その中で「シャブリは確かに生牡蠣にあうけれど、新品の木樽で熟成させた樽香の強いシャブリは生牡蠣の生臭さを強調してしまう」と描写されています(『神の雫』第3巻より)。これには個人的に経験則から共感しますが、本当に樽香が牡蠣の生臭さを際立たせているのでしょうか。
ある実験によると、魚介類の生臭さに関係しているのはワインに含まれる「鉄イオン」の量なのだそうです。魚介類に含まれる脂質が酸化したものがワイン中の鉄と反応することで、生臭さにつながるのだとか。鉄はブドウ果実にも含まれているし、運搬・醸造過程で混入するケースも多いといわれます。なぜ木樽熟成したワインほど魚介類にあわせにくくなるのかというと、木樽に使われている金属製の箍(たが)から鉄イオンが溶け出すから……なのだとか。それを裏付ける話として、木樽ではなくステンレスタンクで熟成されたワインの鉄イオン含有量は比較的少なく、魚介類と合わせやすいのだそうです。
その説にのっとるならば、脂質の酸化がみられない超新鮮な魚介類であれば木樽熟成のワインにも合わせられるということになります。逆に脂質が酸化してしまっている魚介類であれば、できるだけ鉄イオンが少ないであろうワインをチョイスするべし、ということですね。また、木樽熟成によって鉄が増えるのならば、鉄分の多い料理との相性が高まるということでもあります。白ワインであっても木樽熟成を経たものであれば赤み肉にだって合わせやすい……というように。
「木樽熟成のワインは魚介類にあわない」という説は本当か否かという問いについては、ある意味本当、というところでしょうか。木樽熟成によってワインに与えられる特徴を色々な角度から眺めてワインと向き合う。そんな楽しみ方も、ありですよね。
吉田すだち ワインを愛するイラストレーター
都内在住の、ワインを愛するイラストレーター。日本ソムリエ協会認定
ワインエキスパート。ワインが主役のイラストをSNSで発信中!趣味は都内の美味しいワイン&料理の探索(オススメワイン、レストラン情報募集中)。2匹の愛する猫たちに囲まれながら、猫アレルギーが発覚!?鼻づまりと格闘しつつ、美味しいワインに舌鼓を打つ毎日をおくっている。
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