2022年10月12日

けっきょくテロワールって何?(後編)意外と知らない「香り」のお土地柄

とっつきにくいワイン用語 “テロワール” 。ワイン初心者が「めんどくさい」と感じるポイントでもある “テロワール” を、できるだけ噛み砕いて整理するチャレンジ企画、後編です。

おさらいすると、 “テロワール” とは「ワインの個性を決定づける “環境要因” をまるっとまとめた言葉」です。前編では「(1)ワインの「味」を決める要因」と「(2)ワインの「凝縮感」を決める要因」に触れました。今回は残りのひとつ、「(3)ワインの「香り」を決める要因」についてです。

ワインの “におい物質” と「香りの前駆体」

1本のワインには実に数百種類もの “におい物質” が含まれます。ワインを抜栓してグラスに注ぎ、それら “におい物質” が揮発して私たちの鼻腔にとどくと、香りとして認識されます。 “におい物質” は種類によって全て異なる香りがするといわれ、物質どうしの組み合わせによってさまざまな香りを演出しています。例えば、「エチルヘキサノエイト(吟醸の香り)」という物質と「フラネオール(キャンディの香り)」という物質が組み合わさると、パイナップルの香りになる……というように。他にもワインの香りはさまざまなものに例えられますが、全て “におい物質” の組み合わせがなせる技なのです。

揮発性のある “におい物質” ですが、ワインの原料であるブドウ果実の中では別の物質と結合し、「香りの前駆体(揮発しない化合物)」として存在しています。原料ブドウの香りと完成したワインの香りがまったく異なる理由はこれです(木樽醸造だと樽由来の香りが含まれてしまうので、ステンレスタンク醸造のワインを想像してみてください)。じゃあどうしてワインになると揮発性のある “におい物質” に変化するのかというと、アルコール発酵の担い手である酵母が「香りの前駆体」をちょきちょき分解して、個別の “におい物質” を解き放つからなのです。厳密にいうと、酵母が分泌する酵素の作用で「香りの前駆体」からさまざまな “におい物質” が切り離されます。

ワインの「香り」を決める要因

それを念頭に、ここからが本題です。「香りの前駆体」には複数の “におい物質” が結合しており、どう分解するかで最終的なワインの香りが変化します。実は酵母の種類(遺伝子型の違い)によって、「香りの前駆体」の分解の仕方が異なるのだそう。つまり、同じブドウ品種を同じ方法で醸造しても、酵母の型によってワインの香りが異なるようなのです。

収穫されたブドウにはたくさんの「野生酵母」がついています。ニュージーランドで行われた研究によると、地域によって「野生酵母」の遺伝子型が異なるのだそう。さらにさまざまな環境要因が加わり、同じ地域でも年によって「野生酵母」の種類が変化するのだそう。研究者たちは、こういった「野生酵母」の差異・変化がワインの香りに地域や生産年ごとの個性を生み出す重要な要素になっていると報告しています。まさに “テロワール” ですよね。

ここで注目したのは自然環境でブドウに付着した「野生酵母」ですが、近代的なワイン造りでよく使われる「培養酵母」にも複数の種類があり、遺伝子型の違いによって引き出される香りの特徴が変わるといわれています。ただし「培養酵母」は特定の風味を出すことを目的に養殖された酵母なので、地域性やヴィンテージによる(酵母由来の)個性は出ません。

 “テロワール” を意識したワインを「テロワールワイン」、「培養酵母」を使って地域性をあまり打ち出さずに造るワインを「セパージュワイン」と表現することがありますが、セパージュワインは良くいえば味と香りが安定しているワイン、悪くいえば面白みがないワイン……ということですね。何を大事にするかは人やシーンによって変わるので、どっちが優れているという話ではありません。ただ、 “テロワール” を軸に考えるなら「野生酵母」を使ってナチュラルな製法で造られるワインの方がより地域やヴィンテージの特徴を楽しむことができると思います。

“テロワール” を感じるの1本

ワインの「味」、「凝縮感」、「香り」を決める要因にふれつつ “テロワール” とは何かを整理したところで、“テロワール” を感じられるワインを紹介します。今回ピックアップしたのはこちら!

Fattoria AL FIORE / かもしかわいん 2020

宮城県にあるワイナリー「Fattoria AL FIORE(ファットリア・アル・フィオーレ)」さんの赤ワイン。Fattoria AL FIOREさんは「ワイン造りを通してより多くの人に郷土文化を知ってもらう機会を提供したい」という考えのもと、郷土文化を取り入れた醸造施設でできるだけナチュラルな製法でワイン造りをしている「テロワールの体現者」的ワイナリーです。

数々の人気銘柄(キュヴェ)がリリースされていますが、中でも「かもしかわいん」は毎年、各キュヴェをまぜてしこむという一風かわったワインです。その年ならではの東北の味を瓶の中につめこんだ、 “テロワール” の詰め合わせ的ワイン。もちろん、「野生酵母」で仕込んだワインが使われています。名前の由来は、ワイナリーがある町の動物=カモシカと、ワインを「醸す(かもす)」という言葉をかけあわせて命名したのだそうです。

シソのようなプラムのような、スッキリキュートな香りが最高です。舌に心地よい酸味とほんのり甘さのバランスがよく、ぐびぐび飲めるライトボディな赤ワイン。色合いもどことなく儚げで、秋の夕暮れのような雰囲気を感じます。よく冷やしてお漬物と一緒にいただく……なんて楽しみ方もおすすめです。ぜひ、これが2020年の宮城県の味か〜なんて想像しながら飲んでみてください。ちなみにできれば抜栓当日に飲み切るのがおすすめです。カジュアルなワインなので、抜栓してから時間がたつと味わいが変わってしまいます。変化を楽しむのもありですが、このワインの場合は抜栓当日に楽しみきるのをおすすめします。

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最後に

「味わいが安定しているなら培養酵母で仕込んだセパージュワインの方が良いんじゃない?」と思われる人もいるかと思います。そんな人は「海外旅行で和食レストランに行くシーン」を想像してみてください。せっかく海外に行ったのに到着初日からずっと和食レストランにばかり行くのは、さすがにもったいないですよね。まずは現地のレストランで現地の味や雰囲気を堪能したいじゃないですか。一方で「もう日本食が恋しくてしかたない!」という時に目に入る和食レストランの安心感も否定できません。

私は「テロワールワイン」と「セパージュワイン」のことをこれと同じように考えています。まずは土地やヴィンテージの特徴を楽しみ、「カベルネ・ソーヴィニヨンらしい安心感のあるワインが飲みたい!」と思ったらそういうワインをあける……。そんな風にワインとつきあっていけたらきっと楽しいはずです。

(参考資料)
『ワインは楽しい』オフェリー・ネマン(パイ・インターナショナル)
『ワインの香り』東原和成 他4名(虹有社)


吉田すだち ワインを愛するイラストレーター

都内在住の、ワインを愛するイラストレーター。日本ソムリエ協会認定 ワインエキスパート。ワインが主役のイラストをSNSで発信中!趣味は都内の美味しいワイン&料理の探索(オススメワイン、レストラン情報募集中)。2匹の愛する猫たちに囲まれながら、猫アレルギーが発覚!?鼻づまりと格闘しつつ、美味しいワインに舌鼓を打つ毎日をおくっている。
【HP】https://yoshidasudachi.com/
【instagram】https://www.instagram.com/yoshidasudachi

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