
2021年11月10日
昔は街でさまざまなデザインの手書き感あふれる看板が人々の目をひいていました。良くいえば個性豊か、悪くいえば統一感がない状態。やがてパソコンが普及しDTPが一般的になると、規格化された “読みやすいフォント” が開発され、街中の看板文字はどんどん同じようなデザインに置き換わっていきました。統一感が出てめでたしめでたし……となるはずが、今度は人間味や面白み、お洒落感にかけると感じる人が増え、近年は昔のように手書き感あふれるデザインやあえて古い時代を感じさせるデザインに原点回帰する傾向が生まれているといわれます。ここ数年話題の「昭和レトロ」ブームも、そういった流れの中で生まれた潮流なのかも知れません。過去にはやった “古い” デザインが今、新鮮な “新しさ” をまとって息を吹き返しているわけですね。
ワインの世界でもこれと同じようなことが起きています。世界的に近代化された醸造設備で洗練されたワインが造られる中、あえて昔ながらの製法で土着品種をつかったワイン造りに挑む造り手が増えています。特に、近頃人気が加速しているオレンジワインは、まさに “古くて新しい” リバイバルワインの筆頭的存在です。
オレンジワインとは「白ワイン用のブドウを使って、赤ワインと同じ製法で造られるオレンジ色をしたワイン」のこと。今回は、オレンジワインが “古くて新しい” といわれる理由にふれつつ、今一度オレンジワインの魅力を考えてみます。
世界最高峰のワインの資格「マスター・オブ・ワイン」を取得しているイザベル・レジュロン氏は著書『自然派ワイン入門』の中で次のように述べています。
「ルネッサンス絵画で人々のグラスに注がれた白ワインが白ワインのように透明に見えず、むしろオレンジ色に見えるのはなぜか、と思われたことはないだろうか。これは光のトリックでも経年劣化でもなく、ミケランジェロたちが実際にオレンジワインを飲んでいたからだと考えられる。」
つまり、昔の人は白ワインではなくオレンジワインを飲んでいた……今とは逆で、オレンジワインこそが主流だったのだ、という主張です。これについては反論もたくさん出ており、絵画の中のワインが本当にオレンジワインだったのかはわかりません。色の濃いデザートワインだ! とか、ハーブや松脂を混ぜた混成酒だ! とか、ただの薄いキャンティだ! とか、いろいろな説があります。ただ、透き通ったワインが描かれた絵はあまり見かけないことから、少なくとも現代の白ワインのようなタイプのワインは絵画に描くほど主流ではなかった……といえるのではないかと思います。
こちらはバロック期の画家、ヘンドリック・デ・クラークの「テティスとペレウスの婚姻の宴」。オレンジ色のワイン、見つけられますか?
絵画からは明言できないものの、昔の人がオレンジワインを飲んでいたとする根拠は他にもあります。「昔ながらのオレンジワインは白ワインよりも醸造工程が比較的シンプルで、酸化リスクが少ないから」というもの。収穫した白ブドウを発酵槽の中にいれ、果皮や種などを取り除かずそのまま発酵させるのがオレンジワインの造り方です(厳密にはもっと複雑)。そうすることで果皮などに含まれるタンニンなどのフェノール化合物が溶け出て、ワインが酸化から守られます。酸化防止剤として亜硫酸塩が使われるようになったのは、1800年代後半ごろだといわれています。それ以前のワインは常に酸化リスクと隣り合わせだったわけで、天然の酸化防止剤としてフェノール化合物が含まれるよう造られていたのではないかといわれているのです。この説はなかなか説得力があると思います。
ちなみに「オレンジワイン」という言葉が最初に使われたのは2004年ごろ。イギリスのワイン輸入商、デヴィッド・A・ハーヴェイ氏が提唱したといわれます。それまでは明確な名前がついておらず、「色の濃い白ワイン」や「質の悪い白ワイン」とみなされていたようです。なぜ「質の悪い白ワイン」なんて揶揄されていたのかというと、つい最近までオレンジワイン=ワインのメインストリームから大きく外れたアウトロー的存在だったからです。
昔の人がオレンジワインを飲んでいたとするならば、なぜ酸化リスクの低いオレンジワインからリスクの高い白ワインへとメインストリームが移っていったのでしょうか。醸造技術や設備の進歩、酸化防止剤としての亜硫酸塩の普及……さまざまな要因が考えられますが、透き通るような外観でフレッシュな酸味をたたえるエレガントで上品な白ワインが、特に上流階級の人たちのハートを鷲掴みにしたからではないかと私は思います。
ワイン界のインフルエンサー的存在である有名ワイン評論家たちもこの流れをくみ、こぞって透明度の高い上質な白ワインを高く評価しています。これが彼らが世に広めた “いい白ワインの条件” であり、それに当てはまらないオレンジワインはワイン界のアウトローとして軽んじられる時期が続いていたのです。
イタリア北部、フリウリ・ヴェネツィア・ジューリア州は今でこそオレンジワインのメッカとして注目を集めていますが、ついこの間まで “いい白ワインの条件” に当てはまるワインばかりを作っていたそうです。オレンジワインへの回帰が始まったのは1990年代半ばのこと。フリウリのオレンジワインムーブメントを牽引するグラヴネルやラディコンといった人気生産者たちは、機械化され添加物でコントロールされた個性の乏しい白ワインに希望を見いだせなくなり、昔ながらのワイン造りの良さを再認識してオレンジワイン造りに力を注ぎ始めたのです。
彼らの祖先はずっとオレンジワインの製法でワインを造り続けていました。数十年の時を経て原点に立ち返り、あえて “古い” ワイン造りを推し進めることは、逆にとても “新しい” チャレンジだったといえるでしょう。当初は酷評するワイン評論家が後を絶たず、「こんな褐色のワインは酸化していて美味しくないに決まってる!」と吐き捨てられることもあったのだとか。
ネガティブな評価に屈することなくオレンジワインを造り続けた造り手たちおかげでムーブメントは世界中に広まり、今ではファンが加速度的に増えています。ワイン発祥の地ジョージアの元祖オレンジワインも注目を集め、日本でも多くの銘柄がショップに並ぶようになりました。古からずっと受け継がれてきたワインが令和の時代に一大ブームを起こしている……そう考えるとなんだか不思議です。
オレンジワインというジャンルが命名されたことで、私たちはその輪郭をつかむことができるようになりました。ただの「色の濃い白ワイン」ではなく、ちゃんと特有の個性をもったワインのカテゴリーなんだと認識できるようになったわけです。よくいわれるのは、白ワインのフレッシュさと赤ワインのテクスチャーが共存するハイブリッドなワインだということ。それに加え、白ブドウが持つ香りの特性や味わいの要素がぎゅっと凝縮されている点が大きな特徴です。やわらかな渋みとまろやかな酸味のおかげで食事に合わせやすく、食卓にプラスするワインとして重宝する存在です。
ただ、一言でオレンジワインといってもブドウ品種や造り手のポリシーによって味わいは大きく異なります。ここでは、タイプの違う二つの銘柄を紹介します。一つ目はフリウリのドライな辛口タイプ、二つ目は日本のフルーティなスッキリタイプです。
ロンコ・セヴェロは今フリウリで注目を集めているオレンジワインの造り手です。ムーブメントの火付け役となったグラヴネルやラディコンに従事し、一流の醸造技術を駆使してワイン造りを行っています。グラヴネルやラディコンのワインは人気もあいまって気軽に手を出しにくい価格になっていますが、ロンコ・セヴェロの銘柄は今のところまだ比較的リーズナブルです。
今回ご紹介するピノ・グリージョのオレンジワインはとても綺麗な赤褐色のドライな辛口タイプ。香りには若干シェリー酒のような炒ったナッツの風味を感じます。タンニンもしっかりあり、旨味とコク、酸味が一体となって舌をにぎわせてくれます。味の濃い生ハムや、熟成されたハードチーズとの相性がばっちり! 秋の夜長の晩酌に最適です。
グレープリパブリックは日本の山形県にあるワイナリーです。こちらは先ほどのロンコ・セヴェロに比べて非常に明るく、綺麗なオレンジ色。使われているブドウ品種はデラウェア種です。デラウェア種ならではのフルーティな香りに、ほんのり広がる甘味が特徴的な1本。トロんとした舌触りにオレンジピールのような柑橘感。ナチュラル製法で造られているので、少しシュワっと炭酸を感じます。
こちらのワインをご紹介した理由は、と〜っても和食に合うから! カボチャの煮物など、甘味のある煮物との相性が抜群です。他にはぶり大根や肉じゃがと合わせるのもおすすめ。甘味と旨味がハブとなってワインとの相性を高めてくれます。煮物に柚子の皮を散らすような感覚で、清涼感のあるnumero unoの柑橘感をプラスしてみてください。
吉田すだち ワインを愛するイラストレーター
都内在住の、ワインを愛するイラストレーター。日本ソムリエ協会認定
ワインエキスパート。ワインが主役のイラストをSNSで発信中!趣味は都内の美味しいワイン&料理の探索(オススメワイン、レストラン情報募集中)。2匹の愛する猫たちに囲まれながら、猫アレルギーが発覚!?鼻づまりと格闘しつつ、美味しいワインに舌鼓を打つ毎日をおくっている。
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