
2021年02月23日
空前のカヌレブームが到来しました。パン屋の店先には香ばしいカヌレの香りが漂い、コンビニ各社もこぞってカヌレを発売。カヌレに目がない私にとって、こんな幸せなブームはない……! カバンにはいつも味覚糖さんの袋菓子「カヌレット」を忍ばせ、立ち寄ったコンビニでは必ずカヌレを買い、クチコミをチェックしては都内の美味しいカヌレを買いに走る日々です。どうしてこんなに魅力的なのでしょう、カヌレってやつは。
いろいろなお店のカヌレを食べ歩くのも至福ですが、やっぱりカヌレはワインにあわせてこそ真価を発揮する、とかたく信じています。「甘いものとワインのペアリングはなかなか難しく、極甘口のデザートワインならまだしも、辛口ワインはそう簡単にはいかない」というのが定説です。でも個人的に、カヌレは辛口ワインにこそ合わせて楽しみたいスイーツだと思うのです。
今回は魅力を振りまいてやまないカヌレの歴史を紐解きつつ、辛口ワインに合うワケについて考えを巡らせます。カヌレの味わいタイプ別のおすすめワインもご紹介。この秋冬、一緒にカヌレとワインを合わせて舌鼓を打とうではありませんか。
ワイン銘醸地であるフランスのボルドーでは、昔からワインの「清澄」を行うために卵白を使っていました。「清澄(せいちょう)」とは、ワインの透明度を高めるために発酵後のワインの中に漂っている不純物(酵母の死骸や各種バクテリア、不要なタンニンなど)を取り除く作業です。なぜこの作業に卵白を使ったのかというと、卵白に含まれるタンパク質にはワイン中の不純物と結合して樽の底に沈んでくれる性質があるから。卵白を加えた後2〜3ヶ月ほど寝かせておくと不純物があらかた沈み、上澄をとることで透明度の高いワインが得られるという仕組みです。
ワインの清澄に卵白を使うとなると、余ってしまうのは卵黄です。栄養価満点の卵黄をそのまま捨ててしまうなんてもったいない! そう考えたボルドーのとある修道院の修道僧が、あれこれ試行錯誤して生み出したのがカヌレだといわれています。これが「カヌレはワイン造りから生まれた」といわれる理由です。一つの卵からワインとカヌレが生み出されて、最終的に両者をペアリングして食すことで胃の中で再会する……なんてこともあるかもしれませんね。
余談ですが、以前 “ヴィーガン・フレンドリー・ワイン” についてのコラムの中でも触れたとおり、どんなに注意深く上澄をとってもごくわずかな卵白が残留するケースがあります。動物性の商品を一切口にしないヴィーガンの人や重度の卵アレルギーの人は、卵白を使ったワインを飲むことができません。そのためEUでは清澄剤として卵白を使う場合、ボトルに明記することを義務付けました。今でも卵白を使ってワイン造りを行う生産者が多い一方、卵白以外の方法を採用する造り手も増えています。
カリッとした食感で少し焦げたカラメルのように香ばしい外側と、モチっとまろやかで卵黄の優しい風味が食欲をそそる中身、両者を一緒に味わうことで生じる食感と味わい。それこそがカヌレの魅力です。そんな魅力を生み出す秘密は、作り方にあるようです。
カヌレをおいしく焼き上げるためには熱伝導がとても重要だといわれます。理想的な熱伝導率を得るために、伝統的なカヌレ型は銅製です。また表面に溝をつくって型と生地との接触面積を増やすことで、より熱が通りやすくなります。カヌレの正式名称は「Cannelé de Bordeaux(カヌレ・ド・ボルドー)」。「カヌレ」とは「溝がついた模様」という意味です。諸説ありますが、型についた溝が「カヌレ」の名前の由来だといわれます。
さらにカヌレを取り出しやすくするため、型の中に薄く「蜜蝋(みつろう)」(※)の膜をはるのが昔ながらの製法。取り出しやすくなるだけではなく、どうやら蜜蝋を使うことで中のモチっと感と優しい風味が保たれる一方、表面のカリっと感と香ばしさが増すようなのです。
※蜜蝋:ミツバチの巣からとった蝋(ろう)を精製したもの。
銅製の型、型についた溝、薄くはった蜜蝋の膜……これらがカヌレの絶妙な食感と風味の秘密というわけですね。こうしてできたカヌレには甘さと苦さ、香ばしさ、材料に含まれるラム酒の複雑な香り、卵黄のまろやかな香り、バターのふくよかな香り……さまざまな要素が含まれることになります。これらが渾然一体となった味わいは、同じく複雑な要素を持つ辛口ワインととてもよく合う! 共通点を持ちながらお互いにない要素を補いあって、絶妙な味わいのハーモニーを奏でてくれるのです。
カヌレの魅力の源泉は作り方にあり! とはいったものの、蜜蝋を使う製法はとても手間がかかります。そのため最近ではバターで代用するレシピが増えています。型にバターを塗って焼き上げると、クッキーのようなヴァニラっぽい風味が際立つ気がして、それはそれでおいしいです。また、ラム酒をめいっぱいきかせた “大人風味” なカヌレも人気を集めています。カヌレブームに伴いさまざまなレシピがうまれ、その分ワインとのペアリングの選択肢も増えてきたと感じます。
そこで、蜜蝋を使った王道プレーンカヌレ、ラム感ましましカヌレ、バター感ましましカヌレ、それぞれのおすすめペアリングを考えてみました。
カヌレといえばやっぱりボルドー! ということで選んだのはボルドーの赤ワイン。シャトー・ローラン・ラ・ギャルドのプレステージ(2015年)です。7年熟成のボルドーですが、3,000円未満とプチプラ。しかし味わいは裏切らず、ボルドーらしい複雑みと深い赤ワインの土っぽさ、枯葉っぽさなどをちゃんと楽しめるおすすめの1本です。
蜜蝋を使った王道プレーンカヌレは、甘みやバター感、ラム酒の風味などひとつひとつの主張は比較的控えめ。一言でいうなら “素朴”。カヌレの魅力はちゃんとあるけど、素朴で余計なものがないピュアな味わいです。そのバランスが、ボルドーの赤の高貴な複雑みにとてもよくあいます。ぜひ味わってみてください。
【おすすめカヌレ】
学芸大学にあるカヌレ専門店「Dans la
Poche」さん。土日祝日のみ営業で、超人気のためあっという間に売り切れます。あらかじめネットで予約券を購入して行くのがおすすめ。
ラム感ましましカヌレに合わせるなら、果実味豊かな華やか系の赤ワイン。選んだのはスペインの造り手、ルシャレルの「アマルテア」。スペインのカバについて書いたコラムでも取り上げたワイナリーです。
暖かいスペインで造られるワインは華やかでわかりやすくおいしいものが多いですよね。安うまワインのメッカ……なんていわれることもありますが、まさにこの「アマルテア」はその代表格。ジャムのように濃く華やかな風味にバランスのいい味わい。ラム感ましまし系のカヌレにあわせると、相乗効果で華やかさがさらに一段アップします。
【おすすめカヌレ】
絶大な人気をほこる、「ジョエル・ロブション」のカヌレ。ラム酒やヴァニラの風味が芳しく、本当においしい。もう少しカジュアルに買えるものがいいという人には、成城石井のカヌレもおすすめ。外側のカリッと感はないものの、ラム酒の香りが最高です。
バター感ましましカヌレは少し難しいです。クッキーのように甘くクリーミーなタイプなので、下手をするとワインが負けてしまうから。ここは思い切ってシャンパーニュをチョイスしてみました。選んだのはアスランジェ・ブリュット。ピノ・ノワール、ピノ・ムニエ、シャルドネの3種ブレンドのバランス型のシャンパーニュです。
いきいきとした酸味に、しっかりめの骨格。クリーミーさやイーストの香ばしい香りも兼ね備えた、優等生的1本。バター感ましましカヌレの強い味わいにも負けず、むしろ寄り添って補完してくれます。食べ応え抜群のカヌレにシャンパーニュの酸味がプラスされると、極上のスイーツに。試してほしい組み合わせです。
【おすすめカヌレ】
最近はやりのコンビニスイーツから、ローソンの「Uchi Cafe
濃密カヌレ」。これはすごいです、バター感まっしまし! バターを食べているような、まさに濃密なカヌレです。コンビニスイーツとシャンパーニュ……一見アンバランスな組み合わせですが、騙されたとおもって……ぜひ。
「今日はワイン飲むぞー!」という気持ちになる日って、あるじゃないですか。そんな日には思い切っていろいろなワインを開けて、いろいろなカヌレを用意して、いろいろな組み合わせを味わってみるのはいかがでしょう。相性のよしあしや思わぬマリアージュを発見できて、とっても楽しいはず。ホームパーティーや持ち寄りワイン会にいろいろな種類のカヌレを用意して、ワインとのペアリングを試しながら会話に花を咲かせるのも楽しそうですよね! カヌレとワインは笑顔のもとだから、ぜひ贅沢に楽しんでみてください。
吉田すだち ワインを愛するイラストレーター
都内在住の、ワインを愛するイラストレーター。日本ソムリエ協会認定
ワインエキスパート。ワインが主役のイラストをSNSで発信中!趣味は都内の美味しいワイン&料理の探索(オススメワイン、レストラン情報募集中)。2匹の愛する猫たちに囲まれながら、猫アレルギーが発覚!?鼻づまりと格闘しつつ、美味しいワインに舌鼓を打つ毎日をおくっている。
【HP】https://yoshidasudachi.com/
【instagram】https://www.instagram.com/yoshidasudachi