
2021年11月10日
今回はひとつ、ワインが主役の映画を紹介します。タイトルは「ボトル・ドリーム〜カリフォルニアワインの奇跡〜」。2008年にアメリカで公開された映画です。じつはこれ、実際の出来事をベースにした物語なのです。
その出来事とは…ワイン業界ではとてもセンセーショナルな大事件、「パリスの審判」。
日本ソムリエ協会会長 田崎真也さんも「このスキャンダルからワインの世界が大きく動いた」とコメントしているように、それ自体とても興味深い事件です。それを、映画では気持ちいいくらいスカッとするアメリカン・サクセス・ストーリーとして描いています。観ればふつふつと元気がわいてくる。そして、必ずカリフォルニアワインが飲みたくなる。
それでは、「パリスの審判」とはどんな事件だったのか…そのあらましをお話しつつ、映画の観どころを紹介します。
1970年代、ワイン界の頂点に君臨していたのは、いわずもがなフランスワインでした。歴史的に有利な条件も重なり、質のいい高級なワイン=フランス産という時代。そんな時代に、パリ在住のイギリス紳士が、とあるイベントを企画します。彼の名前は、スティーブン・スパリュア。パリでワインショップ&スクールを経営する、やり手の実業家です。
1976年、アメリカ合衆国が独立200周年をむかえた年、彼はフランスとアメリカの友好を記念して、何かおもしろいイベントができないか…と考えます。そして思いついたのが、フランスワインVSアメリカワインのブラインドテイスティング対決でした。「フランスワインとアメリカワインを並べて、ブラインドテイスティングで点数をつけ、ランキングをつくろう」という企画です。スパリュア氏のショップ&スクールの顧客にはアメリカ人が多かったので、宣伝効果も見込んでいたようです。
しかし前述のとおり、当時の価値観では「いいワイン=フランス産」があたりまえ。フランス以外の国のブドウ栽培技術や醸造技術は発展途上といわれ、フランスワインを超えるなどありえないことでした。そのため、誰もがフランスの圧勝を予想していたのです。
審査員に名をつらねたのは、かの有名なドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティの共同経営者やAOC委員会の首席審査官、有名なワイン専門誌の編集者など、当時のフランスワイン界屈指の大物ばかり。審査されたのは、白ワイン10本に赤ワイン10本(ともにカリフォルニア6本+フランス4本)。フランスワインの顔ぶれは、ムルソーやモンラッシェ、ムートンにオーブリオン…そうそうたる銘柄。審査員、ワインともに鉄壁の布陣です。
1976年5月24日、プレスとして米国『タイム』誌の記者ジョージ・テイバー氏をむかえ、イベントが決行されました。テイバー氏いわく、フランス圧勝が予想されるイベントなど話題にもならないので、ちょっとした時間つぶしのつもりで出席したのだそう…。
さて、勘のいい皆さんならおわかりですね。大方の予想を裏切り、結果はなんと…赤、白ともにカリフォルニアワインが1位にランクイン。当時の常識からすると、これは大大大スキャンダルでした。フランス最高峰のワインがカリフォルニア勢に負けたなんて…ましてや、フランスワイン界の重鎮たちがその判定をくだしてしまったなんて…。ニュースはテイバー氏の手を介してアメリカ全土へ、さらには瞬く間に世界中へと伝えられました。
カリフォルニアワイン界にとって、これほど名誉なことはありません。これを機にカリフォルニアワインは世界から注目を集め、一気にその地位を向上させることになりました。また、アメリカ以外の「新世界」と呼ばれるワイン生産国にスポットがあたるキッカケにもなりました。
ワイン界に激震が走ったこのスキャンダルは「パリスの審判」と呼ばれ、歴史的な重要事項として語られている…というわけです。
なお、白ワインの1位は「シャトー・モンテレーナ」のシャルドネ、赤ワインの1位は「スタッグス・リープ・ワインセラーズ」のカベルネ・ソーヴィニヨンです。
物語は、白ワインの1位に輝いた「シャトー・モンテレーナ」を舞台につむがれていきます。ほぼ事実にそくした内容なのですが、映画としての面白さをプラスするため、すこしばかりフィクションもまざっているようです。
詳しいストーリーは、ぜひ映画を観ていただきたいのですが…わたし的注目ポイントは3つ。ワイン好きの心をくすぐる、少し細かいところをついてみました。
1. スティーブン・スパリュアが経営するワインスクール
映画のところどころに、スパリュア氏のワインスクールの名前がちらちら映ります。その名も「Academie Du Vin(アカデミー・デュ・ヴァン)」。そうなのです、スパリュア氏のスクールは、日本でも有名な某ワインスクールのさきがけとなったものなのです。なんだか一気に親近感が増しますよね。もし映画を観る機会があったら、ぜひスクール名のタイポグラフィを探してみてください!
2. 原題「ボトル・ショック」の意味
「ボトル・ドリーム」というのは邦題で、もともとのタイトルは「ボトル・ショック」。ここれには、2つの意味があります。ひとつは、「ワインを買って持ち帰るときに揺らしてしまい、味わいが変化してしまうこと」。もうひとつは、「醸造所でワインを瓶詰めするときに、不純物が舞い上がってワインが変色してしまうこと」。映画の中では、この両方の「ボトル・ショック」がキーとなり、物語が展開していきます。それらのシーンを観たら、「ボトル・ショック」という原題を思いだしてみてくださいね。
3. カリフォルニアワインを揶揄する「サンダーバード」
映画の中で、スパリュア氏はバーでワインを飲みながら「ここのワインはどれも最高だ」とつぶやきます。それを聞いたバーの店員は「サンダーバードでも出てくると思ったわけ?」と毒づきます。日本人からすると「なぜアニメの話題がでるんだろう?」と疑問に思いますよね。でも実はこれ「サンダーバード」というお酒の名前なのです。
1920年、アメリカでは禁酒法によって一切のアルコールが禁止に。その影響でアメリカワインの質は急降下。禁酒法撤廃後も、ワインの質はなかなか改善されず、ポートワインをレモネードでわったものが人気を博していたのだそう。これが「サンダーバード」の正体。バーの店員は「どうせあなたたちはアメリカワインといえばサンダーバードだと思ってるんでしょ」と皮肉をいったわけです。
聞き流してしまいそうな何気ないセリフに、アメリカワインの歴史がつまっている…!ぜひ、この部分にも注目してみてください。
写真の右にあるのが映画のDVD。今はAmazon
Primeでも視聴できるようです。
左側は「パリスの審判」当事者の1人である、ジョージ・テイバー記者の著作です。こちらには、パリスの審判にまつわる事実が非常〜〜〜〜〜〜に細かく記されています。さすが、タイム誌の記者…取材力に脱帽。気になる方はお手にとってみてくださいね。
シャトー・モンテナーレ「ナパ・ヴァレー・シャルドネ」
>エノテカオンラインで販売中
映画を観るだけでは終われないのが、ワイン好きのさが…。
パリスの審判で上位にランクインしたワイナリーのワインは、当然ながら価格が高騰しています。映画に登場したシャトー・モンテレーナのシャルドネは比較的リーズナブルなのですが、それでも8,000円〜9,000円くらいはするので、デイリーワインとして気軽に楽しむ感じではありません。
でも、例えばお祝い事の席に出すワインとしては最適だと思うんです。歴史的なテイスティングイベントで見事1位を獲得したワイン。しかも、1万円以下!勝利の美酒としてこれほどの適任は、ほかにありませんよね。
成人のお祝いや就職祝い、転職祝い、プロジェクトの成功祝い、etc…。そういうシーンにシャトー・モンテレーナのシャルドネを持ちこんでBYO!というのも、お洒落です。
映画の中でスティーブン・スパリュアを演じているのは、映画「ハリー・ポッター」シリーズでスネイプ先生役で有名なアラン・リックマンです。彼の味わい深い英国紳士の演技はとても素晴らしく、それだけでも価値が高い…!その意味で、ハリー・ポッターファンの方にもオススメです(笑)
吉田すだち ワインを愛するイラストレーター
都内在住の、ワインを愛するイラストレーター。日本ソムリエ協会認定
ワインエキスパート。ワインが主役のイラストをSNSで発信中!趣味は都内の美味しいワイン&料理の探索(オススメワイン、レストラン情報募集中)。2匹の愛する猫たちに囲まれながら、猫アレルギーが発覚!?鼻づまりと格闘しつつ、美味しいワインに舌鼓を打つ毎日をおくっている。
【HP】https://yoshidasudachi.com/
【instagram】https://www.instagram.com/yoshidasudachi/