
2021年11月10日
昨年の今頃、ワインエキスパート呼称資格の二次試験(テイスティング試験)を受験しました。ワインエキスパートのテイスティング試験にはワイン以外に “リキュール”がひとつ出題されるのですが、私は目の前の “リキュール”を一口含むやいなや「これは…シェリーだ!」と自信満々に回答しました。それなりに勉強をしていたし、絶対に間違い無いと確信していたのですが…見事に不正解。答えは “紹興酒”でした。
誰でも一度はその名を聞いたことがあるほどポピュラーなお酒、“シェリー”(Sherry)。「聞いたことはあるけれど飲んだことはない」という人も多いのではないでしょうか。試験では “リキュール”枠で出題されましたが、ワインの一種です。ぶどうが原料のシェリーと餅米が原料の紹興酒を間違えるなんて変に思われるかもしれませんが、実はシェリーと紹興酒の味わいには共通点があります。そのため「中華料理にはシェリーがよくあう!」と言われています。
今回はシェリーの基本を押さえながら、中華料理とのペアリングについて考えてみます。
シェリーはスペイン南部、アンダルシア州で生産されるワインです。ワインはワインでも “酒精強化ワイン”(Fortified Wine)というカテゴリーに分類されます。ワインの発酵途中にブランデーを加え、15度〜22度くらいまでアルコール度数を高めて造られるお酒です。そうすることでコクと香りに深みがでるのだとか。シェリーはポルトガルの “ポート” “マデイラ”とならび、世界三大酒精強化ワインとして世界中で親しまれています。
実は “シェリー”とは略称で、正式名称は “ヘレス・ケレス・シェリー・イ・マンサニーリャ・サンルーカル・デ・バラメーダ”と言います。な…長い!「そりゃ、 “シェリー”と略したくもなるよね」と思わずにいられませんが、正式名称にはちゃんと意味があるんです。
まずは「ヘレス・ケレス・シェリー」の部分。シェリーの産地はもともと “シェリシュ”と呼ばれていましたが、それが現代になってスペイン語では “ヘレス”、フランス語では “ケレス”、英語では “シェリー”に変化。三つすべての呼び方が同じくらいメジャーになってしまったので一つに絞れず、「全部つかっちゃえ〜!」という豪快な考えにより「ヘレス・ケレス・シェリー」になったのだそうです。後に続く「イ」は “and”の意味。 “マンサリーニャ”とはサンルーカル・デ・バラメーダ(シェリーの名産地のひとつ)でのシェリーの呼び方。つまり正式名称を簡単に訳すと「シェリーとサンルーカル・デ・バラメーダのマンサリーニャ」という意味です。そう聞くとわかりやすいですよね。
製法も独特です。まず、一般的なワインと同じように白ワインを造ります。その後ブランデーを添加し、アメリカンオークの樽でさらに熟成させます。その時、樽の内側上部に空間ができるようあえて少なめに入れるのです。そうすると酵母の働きによりワインの液面に “フロール”と呼ばれる白い膜ができ、酸化熟成が緩やかに進んでフレッシュな味わいになるのだとか。
フロールはシェリー特有の香ばしい香りを生み出す一因です。アーモンドやヘーゼルナッツ、キャラメルなどと表現されることもしばしば。造り手よりフロールの生成がコントロールされると、香りやコクに変化が生まれます。その結果、様々なタイプのシェリーが生まれます。ポピュラーな辛口タイプをあげると…
・フロールを生かしたフレッシュタイプ= “フィノ”
・フロールができないように造るコクのあるタイプ= “オロロソ”
・途中でフロールを消失させて熟成させる中間タイプ= “アモンティリャード”
このほか貴腐ワインのようにとろける甘口タイプも造られています。この多様性もシェリーの魅力のひとつ。辛口タイプを食前酒に、甘口タイプをデザートに…様々なシーンで楽しめます。
もうひとつ、シェリーの製法を語るうえで外せない特徴があります。それは “ソレラシステム”と呼ばれるもの。樽を何段か積み上げて、最上段の樽に最も若いワインを入れます。出荷するワインは最下段から抜き取り、減った分を上の段から補充…というのを繰り返します。これが “ソレラシステム”。そうすることで、異なるヴィンテージのワインがまざりあい、品質が安定するのだそうです。
これって、シャンパーニュの製法と似ています。シャンパーニュも品質を一定に保つために複数のヴィンテージをブレンドしていますから。そしてシャンパーニュもまた、食前酒に飲まれることが多いワイン。寒い地方のシャンパーニュと暖かい地方のシェリーにこんな共通点があるなんて、ますます興味がそそられます。
このようにして造られるシェリーが、なぜ中華料理によく合うと言われるのでしょうか。ポイントは香りと酸味にあります。
前述のとおり、シェリーにはフロール由来の独特な香りが感じられます。アーモンドやヘーゼルナッツ、干しブドウ、柑橘類、そして香ばしいスパイスの香り。後味にも独特のナッツ香が残ります。私はどうしても、シェリーの香りからは醤油を、後味からはオイスターソースを連想せずにはいられません。フロールの下で長い時間酸化熟成させることで、火入れした醤油のような香ばしい香りやオイスターソースのようなコクが生まれるのです。
醤油やオイスターソースといえば、中華料理になくてはならない調味料です。さらに、中華ではよくカシューナッツが料理に使われます。そう、中華料理とシェリーには香りの共通点がたくさんあるのです。あわないはずはありません。紹興酒にも同様の香りを感じるので、酔いがまわっている時であれば、両者を間違えるのはあり得る話というわけです。
むしろ、中華料理には紹興酒よりもシェリーの方が合う!と言う人もいます。その理由は、シェリーに残る心地よい酸味。紹興酒の原料は餅米なので、酸味はほとんどありません。油分の多い中華料理には、適度に酸味を感じられるシェリーの方が良いという主張です。わたしもこれには賛成派。キリッと冷やした辛口シェリーは、より酸味が際立って中華料理と相性抜群!特に、油淋鶏(ユーリンチー)や酢豚など、酸味を感じる料理とのペアリングがおすすめです。
一方、甘口タイプのシェリーはどう飲むのが正解なのでしょうか。とても甘くてレーズンのような香りが特徴的なので、食事の最後にデザート代わりに飲むのもあり。しかし、よりおすすめなのはアイスクリームとのペアリングです。
甘いもの×甘いものだと、くどくなってしまうのでは?と思われがちですが、実際には香りの相乗効果で美味しさがグンと増します。個人的には、ほうじ茶アイスや黒蜜きなこアイスなど、香ばしい香りのするアイスクリームがオススメ。シェリーの香りとマッチして、極上のデザートに格上げされますよ。
甘口タイプのシェリーは “ペドロ・ヒメネス”という名前のものがポピュラーです。ぜひ手にとってみてください。
フランス人歌手、ミッシェル・ポルナレフの「シェリーに口づけ」という歌があります。ずっと、この “シェリー”はシェリー酒のことだと思っていたのですが、最近になって全然違うということを知りました。なんでも、フランス語の “シェリー (chérie)」”は “ダーリン”の意味で、「全てを私の愛しい人に(Tout, tout pour ma chérie)」が正しい題名なのだそうです。日本で発売する際に当時のディレクターが、歌詞冒頭の「Tout, Tout Pour Ma Cherie Ma Cherie」の「Tout, Tout」がキスの音に聞こえるという理由で「シェリーに口づけ」というタイトルにしたのだとか。
ギャグのようなエピソードですが、私はこの邦題が好きです。そして歌を口ずさみながらつい、シェリー酒を思い浮かべてしまうのです。皆さんも中華料理に舌鼓をうちながら、文字通り”シェリーに口づけ”してみてはいかがでしょうか。
吉田すだち ワインを愛するイラストレーター
都内在住の、ワインを愛するイラストレーター。日本ソムリエ協会認定
ワインエキスパート。ワインが主役のイラストをSNSで発信中!趣味は都内の美味しいワイン&料理の探索(オススメワイン、レストラン情報募集中)。2匹の愛する猫たちに囲まれながら、猫アレルギーが発覚!?鼻づまりと格闘しつつ、美味しいワインに舌鼓を打つ毎日をおくっている。
【HP】https://yoshidasudachi.com/
【instagram】https://www.instagram.com/yoshidasudachi