
2021年02月23日
桜が咲き、花粉症に耐え、からだ中で春を感じる陽気になりました。春の魔法にかかると全身に力がみなぎり、新しいことにチャレンジしたくなります。私にとってワイン選びもそのひとつ。普段はあまり手が伸びないタイプのワインに挑戦したくなるのです。
先日手に取ったワインは、まさに春の挑戦にぴったりの変わり種でした。ワイン愛が深い人ほど少し “邪道感”を抱いてしまうかも知れませんが、ここは一つだまされたと思ってお付き合いください。なんてったって、春なのですから! そのワインとは……
じゃ〜ん! 山梨県にあるフジッコワイナリーさんの「クラノオト 桃」という、桃を原料とした “フルーツワイン”です。こちらのワインは「発酵を終えたばかりの無ろ過のワインの味わいを届けるためにいち早く瓶詰めし、桃の豊かな香りと味わいを封じ込めた濁りタイプのワイン」とのこと。本来桃の旬は夏ですが、ワインにすれば春先でもフレッシュな状態で楽しめるってわけです。わが家では桜の満開にあわせていただきました。キュートなピンク色のパッケージが春の空気によく馴染みます。
「でも、ワインってブドウから造られるお酒のことなんじゃないの?」と思ったあなた、そうなんです。一般的にワインとは、ブドウを原料とする醸造酒をさします。ヨーロッパでは “ワインの原料=ブドウ”と法律で定められており、ブドウ以外の果物を原料とする醸造酒は、正式にワインと名乗ることが許されていません。
アルコール発酵の仕組みを考えると、ブドウ以外の果物でもワインを造れるはずなのに、なぜブドウが主流なのでしょうか。「クラノオト 桃」のような “フルーツワイン”とはいったいどのようなものなのでしょうか。さまざまな疑問が頭に浮かびます。
ブドウは他の果物に比べ、甘み、酸味、渋みなどのバランスが良く、醸造酒の原料として必要な要素をすべて持ち合わせた理想的な果物です。カベルネ・ソーヴィニヨンの果実を食べたとき、予想以上に甘くてびっくりしました。ただ甘いだけではなく、酸味や渋みもしっかりしていて、飲み込んだ後もしばらく余韻が口の中に残り続けたのをよく覚えています。ブドウには美味しい醸造酒になるポテンシャルがあったため、世界中に普及したのです。
それに加え、ヨーロッパではキリスト教とワインが強く結びつき、特に黒ブドウから造られる赤ワインが人々の暮らしになくてはならないものになりました。その後ワイン造りはヨーロッパ諸国にとって重要な産業へと育ち、品質を保護するために様々な法律ができました。こうした歴史的、文化的な背景に後押しされ、ワインの原料=ブドウが一般的になったのです。
前述したとおり、ヨーロッパではブドウ以外の果物で造る醸造酒をワインと呼ぶことはできません。しかし、世界には実際にブドウ以外を原料として造られる “フルーツワイン”が複数存在します。
有名なのはリンゴを原料とするシードルです。甘口から辛口まで、さまざまな味わいのものが造られますが、微発泡の辛口シードルは料理にもあわせやすく、最近日本でも見かける機会が増えてきました。アフリカやオセアニア諸国ではバナナから造られる “バナナワイン”があるそうです。確かにバナナはとても糖度の高い果物なので、発酵に向いていそうですよね。北米ではタンポポの花と柑橘系の果物を使って造る “タンポポワイン”なんてものもあるのだとか。いったいどんな味がするのでしょう……気になります。
日本の酒税法では “ワイン”という言葉は定義されておらず、代わりに “果実酒” と“甘味果実酒”という分類が用意されています。 “日本ワイン”を名乗るためには「国産のブドウのみを原料とし、日本国内で製造されたもの」である必要がありますが、 “果実酒” または“甘味果実酒”として売り出す場合は原料にブドウ以外の果物を使いつつ “ワイン”と名乗ってもOKなのです。
梅酒やあんず酒などのお酒も果実酒と思われがちですが、焼酎などの蒸留酒に果実を漬け込んで造られるものは “混成酒”という分類です。果実酒(ワイン)はあくまで、果実を原料として発酵させたお酒をさします。
難しい話はこのくらいにして……。ワイン愛好家にとっては “フルーツワイン”をワインと呼ぶのに抵抗があるかもしれません。ブドウを原料に造られるワインには伝統があり、深く研究された味わいは圧倒的な質を誇っていますしね。しかし、基本的な製法はブドウ原料のワインと同じですし、 “フルーツワイン”には “フルーツワイン”の良さがあります。
1、アルコール度数が低めなのでお酒の弱い人にもおすすめ
フルーツワインのアルコール度数は、5〜6度程度。ビールと同じくらいです。一般的なワインは低いもので10度前後、高いもので15度ほどになるので、強いお酒が苦手という方にはフルーツワインがおすすめです。
2、ワイン初心者にもおすすめな親しみやすい味わい
フルーツワインは親しみやすい味わいのものが多く造られています。甘口タイプのものはカクテルのように楽しめます。辛口のシードルでも一般的なワインに比べるとスッキリとしていてとても飲みやすいです。それでいて、醸造酒ならではの奥行きのある味わいや余韻も感じられるので、ワインを飲んでいる感覚もちゃんと味わえます。
香りや味わいの複雑さはワインの醍醐味である一方、慣れていない人にとっては美味しく感じられないケースもあります。しかしフルーツワインなら醸造酒としてのワインの良さも感じつつ、比較的シンプルで手を出しやすいと思うのです。ワインが苦手な人も大好きな人も一緒に楽しめる……フルーツワインは、そんなハイブリッドなお酒です。
さて、冒頭で紹介したフジッコワイナリーさんの「クラノオト 桃」の気になる味わいはというと……
グラスに注ぐとふわっと桃の香りが漂います。香料のようなわざとらしい香りではなく、どことなく気品のあるおしとやかな桃の香りです。口に含むと桃果汁を飲んでいるような甘さと口中香が広がります。少し苦味も感じられ、本物の果実に近い味わいです。飲み込んだ後に鼻から抜ける香りには、ほんのりバターのようなニュアンスが混じります。その時「ああ、これは桃ジュースではなくてワインなのだな」と思い出すのです。酵母が桃果汁をワインへと生まれ変わらせた証拠をしっかりと感じます。
美味しくって、あっという間に1本あけてしまいました。アルコール度数は5度なので、1本飲み切ってもほろ酔い程度。もう1本重たい赤ワインでも開けようかしら……そんな気分にさせてくれるフレッシュなフルーツワインでした。
食事に合わせるなら、中華料理がおすすめです。また、塩味のしっかりしている生ハムやブルーチーズにも合わせやすいと思います。ぜひチャレンジしてみてくださいね!
今回私がいただいたのはクラノオト桃の2019年ヴィンテージのものですが、すでに最新の2020年ヴィンテージのものも発売されています。クラノオトシリーズは桃以外にも発売されていますので、そちらもチェックしてみてくださいね!
吉田すだち ワインを愛するイラストレーター
都内在住の、ワインを愛するイラストレーター。日本ソムリエ協会認定
ワインエキスパート。ワインが主役のイラストをSNSで発信中!趣味は都内の美味しいワイン&料理の探索(オススメワイン、レストラン情報募集中)。2匹の愛する猫たちに囲まれながら、猫アレルギーが発覚!?鼻づまりと格闘しつつ、美味しいワインに舌鼓を打つ毎日をおくっている。
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